「蒼星石、いるですか?」

呼びかけてみても応えはなく、そこはただ静かだった。
翠星石は少しだけ部屋の前で待ってみたが、やはり何の応えもない。

耐えかねてドアノブに手をかけ捻ってみる。カチャッと小さな音を立て、ゆっくりと開いた。
部屋はまだ昼間だというのに電気が点けっぱなしで、窓も開けっぱなし状態。
とりあえず節約のため部屋の電気を消して、周りを見回す。

捜していた人物・蒼星石は、ベッドの上で小さな寝息を立てていた。




  王子様の苦悩




「蒼星石…寝てるです…」

ぽつりと呟いて、ゆっくりと近付き傍らに腰を下ろす。
そっと髪に手を伸ばすと、栗色のさらさらとした短めの髪は、掬う度に滑り落ちた。
いじるように髪先をくすぐってみても、蒼星石は起きず寝息を立てる。
何度か名を呼ぶが、それでも一向に起きる気配はない。


(どうすればいいですかね?)


訊きたいことがあったのに。
今日出された課題でわからない問題があったから教えてもらおうと思っていたのに。

(……)

妹の睡眠の邪魔はしたくないのだが、何か物足りなさを感じてしまう。
いつも構ってくれるはずの蒼星石が今日は珍しく昼寝でもしているからなのだろうか。

どこか、物寂しい。


「…蒼星石…」

もう一度小さく名を呼ぶ。
だがやはり蒼星石は動かず、寝息を立てるのみ。


どうすれば起きてくれるのだろう?


『お姫様はね…王子様のキスで目を覚ますのよ…』

いつだったか、薔薇水晶に教えてもらったことがあった。
あれはたしか…ある童話のお伽話だったような…。
蒼星石の寝顔を眺めつつ、ふと思い出した。

「きす…ですか」

これまたぽそりと呟いて。眠っている蒼星石にそっと顔を近付ける。
頬に軽く触れるだけのキスを送って、ゆっくりと体を起こした。

反応を待つが、蒼星石はまだ寝ている。

「嘘つきやがったですね…」

起きないじゃないか、と心の中で薔薇水晶に文句を垂れて、ゆっくりとベッドへと上がった。
ころん、と寝転んでみると、蒼星石の顔がより間近に見えた。
自分とは同じ顔なのに、こうして見るとやっぱり蒼星石のほうがずっと大人びて見える。

ちょんちょん、と頬を指先でつついてみるも、やはり寝言のような声が漏れるだけで。起きる気配は見せなかった。

(うー…どうすればいいのですか…)

むぅ…と僅かに眉根を寄せて唸ってみる。だがそれも、また薔薇水晶の言葉を思い出したことですぐに解かれた。

『キスでも起きなかったら…? そうね…耳元で名前を呼ぶとか…。あ、抱きついたりとかするともっと効果的かも…』

起きなかったらどうすればいいか、と訊いたときの答えが、それ。
その時何故かうっすらと含み笑いを浮かべていたように思うのは、きっと気のせいだろう。

(ものは試し…ってやつですね)

ゆっくりと両腕を伸ばし、蒼星石の首に回す。
ぐいっ、と力を込めて、耳元まで顔を近付けた。

「そうせいせき」

ぴくりと蒼星石の眉が動いて、同時、手が微かに動く。
もう一度耳元で名を呼ぶと、閉じていた瞼がゆっくりと開かれる。
蒼星石のようやくのお目覚めに、翠星石は嬉しそうに微笑んだ。

「おはよう、です?」

くっついたまま言うと、蒼星石は寝ぼけ眼で挨拶を返した。
しばらくは寝起きで意識がはっきりとしていなかったが、ごく至近距離にある姉の顔を凝視するや、動揺とともに、頬を紅く染め上げた。

「すっ…!? なん…! いや…、え!?」

覚醒した蒼星石は叫ぶ。がばっと起き上がり、状況を把握しようと頭を働かせる。
蒼星石が起きたのと同時に、翠星石はいったん離れ、起き上がった。
いつも冷静な妹にしてはあわあわとする様に、機嫌よく微笑む。

「やっと起きたです♪」
「いや…うん。起きたけど…いつから僕の部屋にいたの?」
「ついさっきです。蒼星石全然起きないから困ってたですよ」
「そうなんだ…ごめん」

言いつつ、ゆっくりベッドから降りる。
開けっぱなしの窓から入ってくる風が、寝起きの頭を涼めていく。

「疲れてたですか…?」
「ん。大丈夫。翠星石はどうしてここに?…あ、どうやって起こした?」
「蒼星石に訊きたいことがあったんですよ。それで部屋に来てみたんですけど…」

翠星石は部屋に来た理由を説明した後、蒼星石を起こした方法を述べる。
聞いた途端、蒼星石は赤みの治まった頬を再び紅く染め上げ、何も言えずにいた。不意打ちを喰らったことで返事どころではなかったからだ。
数分の時間を要し何とか気持ちを持ち直し、翠星石へと向き直った。

「起こしてくれてありがとう翠星石。さすがの僕も驚いたよ」

まさかの不意打ち。思ってもみなかったもの。
ラッキーというべきなのか、アンラッキーというべきなのか。
これで翠星石が恥ずかしがっていようものならばすぐさまこの場で押し倒すというのに。
…いや、そうじゃないだろ。

「じゃあ眠気覚ましに一階(した)に何か飲みに行こうか?」
「はいですっ♪」

嬉しそうに笑って腕を絡ませてくる少女に微笑み返して、部屋を出ようとするが、彼女のとんでも発言に、再び止まった。

「…あ、蒼星石」
「うん?」
「疲れてるなら、今日一緒に寝るですか?」

「………へ?」


───どうやら蒼星石の苦悩は、絶えることを知らないようだ。




 Fin



こンの天然っ子が!(笑)
でも天然ちゃん大好き(爆)