「これなどいかがでしょう?」
「嫌です」
「ではこちらは?」
「嫌です」
「でしたらこちらの…」
「い・や・で・すぅ〜」
バン!っと勢いよく本を閉じ、少女・翠星石は席を立つ。
その反動に思わずたじろぐのは、少女に仕える臣下の一人。
翠星石の睨みの利いた視線にすぐさま「失礼いたしました!」と頭を下げ、部屋を出て行く。
部屋に残った翠星石はひとり、ふぅ…っと一息ついて。
椅子に腰を下ろして間もなく、再び部屋の扉を叩く音。
「誰です?」
『僕です。入ってもよろしいですか?』
耳に入ってきた声に、翠星石は飛び上がりそうなほどの勢いをつけて腰を浮かせ扉へと向かう。
開けた扉の先の訪問者に、顔を輝かせた。
「蒼星石!」
プリンセスの条件
自分が部屋に入る前にまたしてもドアを開けられてしまったことに、部屋を訪れた少女・蒼星石は苦笑する。
手を引かれたまま部屋へと入り、肩をすくめた。
「今日は一段と急かしてたみたいですけど?」
「う…だって蒼星石今日はなかなか来ないから…それで…」
「『待ちきれなくて?』」
途端に頬を紅く染める翠星石に、蒼星石はやわらかく微笑む。
片手を伸ばし髪に触れて、すっ…と指を絡めた。
「かわいいですね。姫様」
「──…ひ、姫様って呼ぶなって…いつも言ってるですよ…」
顔をむすっとさせ若干ジト目を蒼星石に向けて。
蒼星石は「ああ、そうか」と思い出したように笑って、耳元に唇を寄せた。
「怒った顔もかわいいよ、『翠星石』」
「──っ」
かぁーっと再び耳から熱が体に伝わってきて、顔が真っ赤に染まる。
熱くなった頭をぶんぶんと振り、パッと蒼星石から離れて。
蒼星石は変わらずと微笑みながら、床に散らばっている物を手に取った。
「また見合い相手の写真かい? 王も飽きないな」
「そうです。嫌だって何度も言ってるですのに持ちかけてくるんですから」
「君は各国から絶大な支持を得ているからね。
気高く聡明で、誰よりもやさしい心の持ち主──まさに"王女"として相応しい者。」
そしてその姫を支え助けるのが、臣下である己の役目。
時には他をも犠牲として、この命を賭して彼女をお護りする者。
叙勲を受けたあの日から、その誓いだけを胸に宿し、今日まで。
「君は一国を担う姫なんだから。伴侶のひとりもいないとこの先が大変だよ」
言いつつ、ばらまいてある写真を片づけていく。
翠星石はそれを面白くなさげに眺めていたが、ふと思いついたように、しゃがんでいる蒼星石に後ろから抱きついた。
「…翠星石?」
「…蒼星石はお父様みたいなことを言うのですね。そんなに私を嫁に差し出したいのですか」
先程と同じく顔をむすっとさせ、ぎゅう〜っと、蒼星石の首に抱きついている腕に力を込める。
ぎりぎり、と首が絞まる音とともに苦しそうな声が漏れる。
蒼星石は目の前の小さな手を、宥めるように軽く叩く。このままでは首を絞められかねない。
観念したように緩まった腕の力に一息ついて、横目で後ろを振り向く。
「別にそういう意味じゃないよ。ただ、君ももう年頃だからなぁってことで…」
「自分が付き合う相手は自分で決めるです。誰の指図も受けないですよ」
「ははっ。君は相変わらずだ。…ときに、翠星石」
「何です?」
「いいの?こんなことしてて。誰かに見つかったら騒ぎになるよ?」
言いつつ、状況を確認する。
一国の姫とその臣下の騎士である者が一対一で逢っていて、しかも抱き合っているなど…。
もし王の側近にでも見つかれば、どうなることやら。
「いいですよ別に。騒ぎでもなんでもすればいいです」
「やれやれ…。君はもう少しプリンセスとしての自覚を持ったほうがいいんじゃないかい?」
「今は誰もいないから大丈夫ですよ。それに……」
ん?と蒼星石が訊き返すより先に、翠星石は笑顔で続けた。
「私は蒼星石だけのお姫様だからいいのです」
…………。
言って、しばらく。言った後でようやっと、恥ずかしさを自覚したようで。
蒼星石の首に抱きついていた腕を剥がし勢いよく距離を取る。
顔を見られないよう両手で覆い隠して、ただ俯いて。
蒼星石は拾っていた写真の束を再び床に放り投げて、立ち上がりゆっくりと翠星石に近付いていく。
「──顔。見せてよ」
すぐ傍まで近付いていって、耳元で囁く。
黙ったまま首を横に振る翠星石に手を伸ばし、ゆっくりと顔を覆っている両手を剥がす。
両手を繋いだまま顔を覗き込んだ先、耳まで真っ赤に染めた少女が、目の前にいた。
クスッと微笑んだ表情はそのままで、顔を近づける。
「君は本当に…無自覚な姫様だよね」
「どういう───」
訊き返そうとしてくる翠星石の声は、そこで止まった。
◇ ◇ ◇ ◇
数時間後。
姫の部屋から出てきた蒼星石が目撃され、城内は大変な騒ぎになったそうな。