〜プロローグ〜


「あの話、明日に決まったぞ」

夜。自室の椅子に腰掛けながら、一人の少年が零す。その手には数枚の資料。パラパラと弾くように捲り、浅く息をつく。
部屋を同じく壁に背をもたせかけているもう一人の少年が、少ししてから口を開いた。

「…ああ」

資料を受け取り軽く目を通す。
と、不意に捲ったページに目を止める。そこに記されている内容に、目を瞠った。

「選択肢が一つか。随分と性質が悪いな」
「そう言うな。仕方がないことなんだ」
「これは、おまえの意見か」
「……」

椅子に腰掛けたままの少年は答えなかった。
その態度にもう一人の少年は怒りを押さえつけた。
込み上げてくるものに、緩く上げた瞳が濃い色に変わる。

「味方につけと、そういうことか?」

少年は答えない。
そうなのだと知り、怒りを解いた少年は目を落とす。
そして、誰にともなく呟いた。


「俺は、味方にはつかない」












──ピピピッピピピッ


朝。
部屋中に響く機械音。少しの間を置き、カチッと音が止まる。

「…ん…ん〜?…」

二段ベッドの上。布団に潜り毛布に包まって、もぞもぞと身じろぐひとりの少女。
目覚ましが止まったことに緩く瞼を開いた矢先、すぐそばで聞こえる声。

「ほら翠星石。起きて起きて。もう朝だよ!」
「んん〜……そうせいせき〜?…」
「朝だよ!起きた起きた!」
「ん〜…」

気だるげに体を起こす姉・翠星石。
呆れながらも手伝う妹・蒼星石。

あくびをしながら大きく伸びをしながらの姉に、早く着替えるよう促す。

「早く着替えて。学校行くよ?」
「うぅ〜…まだ眠いですぅ…」

ぐずぐずとうなだれて、眠たげに目をこすり再び横になる。
そんな姉を一度見て緩くため息をついてから、蒼星石は思いついたように翠星石のベッドに腰を下ろした。

「起きないなら襲うよ?」
「…ふぇ…?」

布団に横になり目を瞑り、今にも暗転しそうだった思考が一時停止する。
今何て言った?そう思い瞼を開け頭を動かした先、すでに蒼星石の手が翠星石の腕に伸びていた。
蒼星石はそのまま指先を姉のお腹へと、つつつ〜、と滑らせていく。

「ほら、たとえばこう…」
「ぅゃ!?」
「こことか?」
「ひえゃ!?」

するりするりと指先が腹部を撫で回る。その感触が耐えられず、翠星石はあわあわと体を起こした。

「ん。おはよう」
「…お、おはよう…です…」

朝に弱い姉を起こすのはちょっと一苦労。しかしそれもいつものこと。
こう言えば必ず乗ってくるだろうということが判っているので、至極簡単なこと。
やっと起床した姉に一息ついてから、ゆっくりと腰を上げ下へと下りる。

「朝ご飯の用意できてるから。着替えて下りておいでよ」
「うぅ…わかったです…。でも蒼星石…」
「何?」
「なんでいつもこんなことするですか?」

まだ少し眠たげに目をこすりながら布団から出てベッドから降りて、ごそごそとクローゼットへと向かう。
ガチャッと手前へと開いて腕を突っ込み制服を探りながら、蒼星石には背を向けたままでぶつぶつと。

"こんなこと"
蒼星石はいつもそう。朝必ず起こしに来てはくれるが、普通に起こしてくれた例(ためし)があまりない。
いつも必ずと言っていいほど腕やらお腹やらをくすぐって。度を過ぎると耳を噛まれる始末。
しかも問い詰めても返ってくる答えは決まって…

「君が起きないからじゃないか」

…起きている、と此方が言ってもやめないときもある。じゃれるようにくすぐってきて、それで時間をロスして遅刻しそうになったことも、しばしば。
冗談も程々にしてもらいたいものだ…とちょっとばかし思わなくも、ない。

「もう…いつからそんなふざけるようになったですか。姉をからかいすぎです…、ふあぁ〜…」

あくびを一つ大きくかいて、しょぼしょぼと涙目になる目をこする。
制服を引っ張り出して、クローゼットを閉めた。

「…ふざけてなんかないけど」
「? 何か言ったですか?」
「いや、何でもない。じゃあ後で」

低く漏らした声に小さく首を傾げてくる姉に軽く手を振って、そのままリビングへと向かう。
姉に気付かれないよう背を向けたところで、小さなため息が、ひとつ漏れた。


「蒼星石ー今何時ですー?」
「ん。まだ7時過ぎたところだよ」
「全然間に合うですね。顔洗って…、あ、テレビつけとくですよー!」
「はいはい」

言い残し洗面所へと向かっていった姉に苦笑し、蒼星石はリビングのテレビのスイッチを入れた。
つけたテレビはそのまま、用意していた二人分の朝食をテーブルにこしらえていく。


用意できたところで姉が戻ってきたので、そのままふたりで仲良く朝食を。
楽しく話をしながらの朝ご飯を終え、学園に行く準備をしていた、そんな小休憩。

翠星石が、いつものようにテレビの占いに釘付けになっていた。

「《今日の貴方の運勢は…》」
「翠星石…またそれかい?好きだなぁ…」
「しーっ!今いいところなんですぅ!」
「…やれやれ」

毎日のようにこの時間決まったテレビをつけて、決まったチャンネルにあわせて、決まった占い番組を観る。
姉の日課にため息をつきながら、蒼星石は鞄の中身をチェックし、いったんリビングを出ていった。
翠星石は振り向かず、目の前の占いに食い入っていた。

「《今日は貴方にとって衝撃の出会いがあるでしょう。》」
「出会い…翠星石にですか…?」
「《その人は貴方の人生をも変えてしまう運命の相手かもしれません》」
「運命の…?」

占い結果に目を白黒させて、翠星石は小さく首を傾げた。
出会い。今の今までこそそんなことはなかったのだが、もしかしてついに来てしまったのか?
衝撃の出会い…運命の相手…から察するに、やはり男性なのだろうか?

「《今日のラッキーアイテムは…》」
「翠星石ー、行くよー?」
「あ…!ちょ、ちょっと待つですー!」

うーん、と唸っていると蒼星石が戻ってきた。いそいそと鞄を取ってリビングから出ていく。
翠星石は占いの続きも聞かず、テレビのスイッチを切って、鞄を手に急ぎ蒼星石を追いかけた。




その、通学途中。
ふたりが仲良く話しながら歩いているときのこと。不意に目に留まったものに、蒼星石が声を漏らした。

「見てごらんよ翠星石。綺麗に咲いてる…」
「あ…桃の花ですね。きれいですぅ…」

言いながら同じく見上げる。
淡いピンクと白い色の桃の花が風にふわふわと揺れて。花の香りとともにひらひらと舞っていく。



──……れ……き………げ………よ……………──



「──え?」

不意に脳裏を駆ける言葉。
とっさに蒼星石の方に向き直って、目を瞠る。

「翠星石?」
「蒼星石…今何か言ったですか?」
「今?いや、何も。どうかした?」
「…いえ…、なんでも、ないです…」

何かが聴こえたような気がしたのだけれど。気のせいか…と首を傾げ、再び歩き始める。

「あ。」
「!? な、なんですか!?」

再び歩き始めて間もなく、考え込んでいた翠星石の耳に筒抜ける妹の声。
何事かと慌て向き直った先、腕時計と睨めっこをしている妹の姿…。

「少しゆっくりしすぎたみたいだ。このままじゃ遅刻するかも」
「は!?」

ふぅ…っと浅く息をつく妹を横目に、翠星石は目を丸くする。そして今言われたことを反芻し…。

「やばいじゃねぇですか!!」

声を張り上げる。言われ確かに周りに目を遣ってみれば、通学路にはもうほとんどといっていいほど生徒は歩いていなかった。
このままでは本当に遅刻してしまう。新学期早々遅刻だなんてこと、惨めでしょうがない。

「走るですよ、蒼星石!」
「いいじゃないか別に。どうせだったらゆっくりいこうよ」

せっかく二人きりなんだし…と出かかった言葉を飲み込んで、蒼星石は留まらせようとするのだが、翠星石はむっとした顔のままだった。

「だめです。新学期早々ふたりして遅刻だなんて恥さらしもいいところです。ほら、行くですよ!」
「……」

ちゃちゃっと即答する姉に、今度は蒼星石の顔がむすっとなる。
少しくらいは迷ってくれてもいいと思うんだけど……

蒼星石は心の中で思いつつ、急かす姉と歩幅を同じく、走り出した。









「この学園でいいのか?」
「ああ。ここのはずだよ。もう理事長には話がつけてある」



同時刻。学園の前で立ち止まる、二人の少年。
その身なりは学園指定の制服に身を包んでいた。



そして二人の視界に、猛スピードで駆けて来る二つの影が映し出されたのは、それから間もなくのことだった。





「あ!見えたですよ!!」
「急ごう!!」

走り続けて数分、ようやく学園が見えてきた。
ラストスパートをかけてスピードを上げるふたり。

校門の前に生徒らしき人物二人ほどとすれ違ったが気にも留めず、猛ダッシュで校舎へと入ってゆく。

「(…? 今の……。…?)」

翠星石は一瞬足を緩める。
すれ違い様にちらりと見た男子生徒たちの顔にどことなく違和感を覚えつつも、然して気に留めず走ってゆく。



「すごい走りだったな…今の二人」
「…さあな」

やがて二人の少年も校舎へと足を進める。



新学期。
新たな一年の始まりを告げる予鈴が、学園へと鳴り響いた。



第1話へ続く



【次回予告】
新学期を告げる鐘の音の影に、もう一つの始まりを告げる鐘が鳴り響く。
それは神の悪戯か、はたまたただの気まぐれか──時を告げ、ただ、運命の歯車が廻り始める。