第1話 『四月の天災』
ここは、薔薇乙女達の通う「薔薇ノ庭國学園高等部」。
今日から新たに新学期を迎えようとする七人の乙女達。
舞台の幕は、クラス替えから始まった。
「あ!真紅ー真紅ぅー!おんなじクラスなのー♪」
「騒々しいわねまったく…。少しは静かにしなさい」
同期の一年生・C組の雛苺と真紅。いっしょにクラスだったのが相当嬉しいのか、雛苺は真紅に元気に飛びついている。
真紅は顔を顰めながらもやれやれとため息をついて。その後ろでは同じく一年生の薔薇水晶が、何やらぼそぼそ呟いていた。
「…水銀燈とは…別……」
「え〜っと…、あ!?また水銀燈と同じクラスかしら!」
「…あ…いいな…。クラス…代わって…」
「代わってあげたいのはやまやまかしら…でもあなたは一年生だから無理かもかしら…」
「あ〜ら。何の話ぃ〜?…あぁ。また同じクラスなのねぇ〜」
「あ…水銀燈…」
「まぁ、せいぜいよろしくねぇ〜♪」
「わざとらしく言われると腹が立つかしらーっ!」
同期の三年生・A組の水銀燈と金糸雀。おまけで薔薇水晶。
激昂する金糸雀をよそに、水銀燈は軽くあしらって真紅たちのほうへと歩いていった。
キーキーわめいている金糸雀の横では、よく似た容姿をした双子の姉妹が、一部始終を呆れながら傍観していた。
「何やってるんだか…。相変わらずにぎやかだな」
「やかましいだけですよ。で、蒼星石?私達は同じクラスですか?」
「うん。見てきたけど、僕と翠星石は同じクラスだったよ」
「…はぁ〜…よかったですぅ…一安心ですよ」
「大げさだなぁ…」
共に笑いあう、同期の二年生・B組の蒼星石と翠星石。皆の中で一番仲の良い双子の姉妹。
四六時中いつもいっしょにいるためなのか何なのか、一部では只ならぬ噂が…あるとかないとか。
兎にも角にも、他を寄せ付けない雰囲気をかもし出していることだけは事実なようで。ある意味で、二人の間には入っていけないときがあったりする。
☆
──カチャッ
「…あ」
「どうしたの…、あ…」
「あー!ラブレターなのー!」
翠星石が下足場にあるロッカーの中を見やった際、中に数枚の白い封筒。言わずとも判るであろうラブレター。
取り出して手にとって見てみる翠星石だったが、呆れたように小さくため息をついた。
「また入ってやがるです…」
「相変わらずモテるじゃない翠星石ぃ…そんなの捨てちゃえばぁ〜?」
呆れたように肩を落とす翠星石に水銀燈が怪しく微笑みながら絡んでくる。
「それはさすがにちょっと…。…って水銀燈だって人のこと言えなくないですか?」
「そうね。外見だけで男に媚を売るような卑怯な女より、貴方の方がよっぽど真摯なのだわ」
「…ちょっと。それ誰のことぉ?」
「さぁ?」
(………)
言い合う真紅と水銀燈に目を向けながら、蒼星石は顔を顰める。
やはりというかなんというか、無性に腹が立って仕方がない。
翠星石がラブレターを貰ったということに。
否、貰った側の翠星石に対しての怒りではなく、送った側の男達に対しての怒り。
…今に始まったことではないというのに。
「(あとで覚えてなさい真紅…)まぁいいわ。ねぇ翠星石ぃ…恋人作ったらどう?」
(!!)
水銀燈の言葉に蒼星石はハッとし二人に視線を向ける。向けられた二人は視線に気付かず、話し合いに持ち込んだ。
「恋人…ですか?」
「だぁってぇ〜。そんなに手紙貰っといて全部断ってるなんて相手もちょっと可哀相よぉ?」
「付き合う気がないから振ってるだけですよ…」
「ふふ。完膚なきまでに相手の男の子振っちゃう魔性の女だって…一部では貴方結構噂立ってるわよぉ?」
水銀燈の話に偽りはない。
翠星石が男子からの人気が高いということも事実。
しかしこれまでにも何人もの男子生徒から愛の告白を受けたにも関わらず、翠星石はそれらをすべて袖にしている。
「でも翠星石ぃ…貴方に彼氏ができたら寂しくなるから無理にはいいのよぉ?」
「水銀燈…」
「彼氏なんかいなくても私が慰めてあげるからぁ♪」
言いつつ翠星石に抱きついて。
途端に紅くなる翠星石の反応を見遣り、そのまますりすりと頬擦りしていく。
「ちょ、ちょ…水銀燈…」
「ぁ〜♪翠星石って抱き心地が良いのよねぇ〜」
──ガシッ!
一瞬だった。
コンマ一秒単位の間に、翠星石はするりと水銀燈の腕の中から剥ぎ取られた。
『?』を飛ばす翠星石と、あからさまに不機嫌な顔をしてくる水銀燈と。
翠星石を奪い取った張本人・蒼星石は、これ以上ないくらいの冷ややかな視線を水銀燈に向けた。
「…水銀燈。いい加減にしてくれないか。翠星石が嫌がってるだろ」
「あ〜ら蒼星石…居たのぉ?ぜ〜んぜん気付かなかったわぁ」
「……」
「……」
ふたりは無言で睨み合う。
バチバチッと火花が飛び散りそうなほど濃厚なふたりの殺気を前に、真紅は小さくため息をついて。雛苺と金糸雀は顔を見合わせ首を傾げて。薔薇水晶はあさっての方向をぼんやりと。
そして渦中の本人である翠星石は、庇うように抱かれた蒼星石の腕の中、ただただ『?』を飛ばしていた。
真紅たちと別れ、蒼星石と翠星石は二年生の教室の前まで来ていた。
翠星石は先程の水銀燈の話をあーだこーだとため息混じりに話し続けていた。
「『恋人でも作ったら?』って…ちょっとびっくりしたですねぇ」
「うん」
「あ、また後で話聞いてみてもいいかもしれないですよ」
「うん」
「でも確か水銀燈も付き合ってる人っていないんですよね…」
「そうだね…」
翠星石の口から、言葉が尽きることなく次々と吐き出される。蒼星石はただ相槌を打っているだけ。
釈然としないままの気持ちを燻らせたまま、未だ話し続ける姉に声をかけた。
「それから…」
「翠星石。君はどう思ってるんだ。」
「え?」
「男の子のことだよ。付き合いたいって、思ってるのかい?」
聞いた途端、翠星石は目を瞠った。蒼星石は真剣に見つめているだけ。
しばしの間の沈黙を要し、小さく口を開いた。
「……わからないです。少なくとも今は…」
「じゃあこれから異性を意識するかもしれないってこと?」
蒼星石は翠星石に詰め寄るように距離を縮める。翠星石はただ驚いたような表情を浮かべているだけ。
少しばかり睨むような顔の妹に戸惑いながらも、翠星石は言葉を切っていく。
「…そ、そんなのだってまだ…。…どうしたですか…?蒼星石…」
「あ……、…ごめん。何でもない…」
翠星石の言葉に、蒼星石は我に返ったように距離を離す。小さく首を傾げてくる姉にもう一度ごめんと謝り、教室へと足を運ぶ。
「(何やってるんだ。僕は…)」
教室に入り席に着いたところで再び思考を巡らす。
同じく隣の席に座る姉に視線を向けた先、視線は机に向けたまま、翠星石が話し始めた。
「…翠星石は男になんて興味はないです。付き合う気なんか更々ないです。翠星石が男嫌いだって、蒼星石も知ってるじゃないですか」
「翠星石…」
「だ、だからってわけじゃないかもですけど…今はそういうの考えられないです。…これが答えじゃだめですか…?」
「…………」
俯き加減に話して。ちらちらと横目で様子を伺うように蒼星石に目を向ける。
少しの間を置き、蒼星石は苦笑混じりに微笑んで翠星石を頭を撫でた。
「まさか。充分だよ。そうだよね。男嫌いの君に彼氏なんかできるわけないよね」
翠星石に悟られないよう、安心したようにやわらかく微笑む。翠星石はその意図を理解していないから、なおさら嬉しくも思う。
…まぁ、翠星石を無理矢理奪おうとする男がいるなら容赦はしないわけだけど。とりあえずは心配なさそうなので、今は良しとしよう。
今の自分にとってのとりあえずのライバルは、あの憎々しい銀髪の少女だけなのだと。思い出すとまた腹立たしくなるが。
──ガラッ
「みんなそろったかー?ホームルームを始めるから席に着けー」
教室のドアが開いて担任の先生が入ってきた。皆が慌しく自分の席へと着いて、先生が出席を取り始める。
蒼星石と翠星石は一番後ろの窓際に隣同士で座っていた。
翠星石は蒼星石に気付かれないよう窓の外に目をやり、緩く思考を巡らす。
(…そうです。男なんて嫌いです。……でも……)
思考を巡らせつつあった。
不意に思い出される何かがあった。
けれど。
(……)
緩く顔を伏せた、ため息混じりに一息ついた、刹那。
(男といえば…)
再び脳裏にふっ…とよみがえってくる。
今朝校門前で見かけた、二人の男子生徒。
どこかで見覚えがあるような…、と頭に引っかかってしょうがない。性格上、こういうことは気になりだしたら止まらない。というか、はっきりしないのはすっきりしない。
うーん、と唸る翠星石の耳に、ホームルームの終わりを告げる鐘の音が鳴り響いた。
「翠星石。帰ろう」
「あ…先帰ってていいですよ。これから園芸部の方に顔出しに行かなきゃいけないですから」
「じゃあ待ってるよ」
「遅くなるかもしれないですよ?」
「だったらなおさらだよ。君は暗いの苦手だしね」
「う……」
図星を指され面食らう。あははっと笑う妹に活を入れて、二人して教室を後にする。
図書室で待ってる、と言い残し、蒼星石は翠星石と手を振り合って別れる。その、図書室に向かう途中、
──ドンッ!
「うわっ!?」
廊下の角を曲がったところで何かにぶつかった。
その拍子に崩れた体勢を何とか立て直し、相手に目を向けた。
「す、すみません」
「いえ、こちらこそ…。急いでたもので…。…あれ?君…」
「え?」
ぶつかってきたのは自分や姉と同じくらいの歳の少年。けれどあまり見かけない顔。
端正な顔立ちに濃い暗紅色の髪。サラサラとした前髪に覗く双眸。
(…僕たちと同じで…左右で色が違う)
見上げた先に覗く双眼。右目が青く、左目が金色に光っている。
自分や姉と同じオッドアイの持ち主。この学園でそんな眼を持っているのは、蒼星石と翠星石の双子だけだった。
少しの間蒼星石の顔を見ていた少年は、思い出したように我に返り蒼星石の横を通り過ぎる。
「すまない!人違いだった!」
走り去るように言い残し、少年はその場を去った。緩く首を傾げたところで、ふと思う。
(人違い…?僕によく似た人で?)
自分とよく似ているといえば姉の翠星石だけだが、先程の少年に見覚えはない。当然翠星石だって知らないはずだ。
「……まぁいいか」
気のせいか…と然して気にも留めず、蒼星石は再び歩き始めた。
第1話 終わり
第2話へ続く。
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【次回予告】
庭國学園に転入してきた二人の少年。
青い眼と金の眼を併せ持つ双生児。その二人の存在が、蒼星石と翠星石の姉妹に新たな試練を巻き起こす────。