第2話 『オッドアイの兄弟』


「すみません!遅れました!」


理事長室の扉を勢いよく開け、ひとりの少年が慌しく入ってきた。
大きく深呼吸して、切れた呼吸を整える。

「ああ、構わんよ。まだ軽く説明をしただけだからね」

理事長は然して気にした様子はなく朗らかに微笑んだ。
少年もつられるようにやわらかく微笑ったところで、室内にいたもうひとりの少年に声をかけた。

「悪かったな」
「………」

声をかけられた少年は何も言わず、視線を理事長に向けたままだった。
いつもの反応に苦笑して、『彼』も視線を理事長に向ける。

「さて、二人とも。どうだね?久しぶりに訪れたこの地は?」
「変わっていませんね。僕らがいたときと、全然。やっぱり嬉しいものです」

理事長と話しつつ、視線を窓へと移す。その光景を懐かしむように、ただ、表情が綻ぶ。

「桃矢。君にはぜひとも生徒会で活躍してもらいたいものだな」
「善処します」

そう言って軽く頭を下げる彼──名を、兎屋桃矢。
端正な顔立ちに、濃い暗紅色の髪。サラサラとした前髪に覗く、左右で色の違う眸。
右目が青く、左目が金に輝くオッドアイの持ち主。
下げた頭を上げた先、変わらずやわらかい微笑みを返した。

「蓮矢。君の活躍にも期待しているよ」
「………」

促された言葉に何も言わず、無表情のまま軽く首を折って一礼をする彼──名を、兎屋蓮矢。
桃矢と同じ顔つきで、ほとんど黒に近い暗紅色の髪。同じように覗く、左右で異なる双眸。
右目が金に、左目が青く輝くオッドアイ。

理事長は二人に交互に視線を巡らせたあと、ゆっくりと口を開いた。

「君達のことは任されている身だ。何事もない事を祈るばかりだよ」
「理事長のほうこそ、お体のほうをお大事に。」
「なに。心配いらんよ。…ん。そろそろ時間か」

理事長は時刻を確認しつつ席を立つ。
それに倣い桃矢と蓮矢も理事長室を後にする。

「では理事長。期日までよろしくお願いします」
「うむ。二人にとってこの学園が記念に残るものだと良いな」

「「失礼しました」」







「しかし、本当に久しぶりだな。この町に来たのは」
「ああ…」

理事長室を後にし校内を歩く二人。今日は始業式で終了も早かったため、残っている生徒は少なかった。
桃矢は校舎内に視線を巡らせながら、ふと、ある場所で止まる。
視界に映し出されたのは、色も華やかに咲き誇る花壇の草花。自然と足が花壇へと向かった。

「へぇ…きれいに咲いてるな。おい蓮矢。来てみろよ」
「花か…」

蓮矢も花壇へと足を運び花を眺める。手入れの行き届いて華やかに咲き誇る花たち。
桃矢はそっと手を伸ばした。

「花はいいな。心が和む」
「そうだな」
「部活は園芸部にするかな。蓮矢、お前もどうだ?お前も花好きだろう」
「…俺はいい」
「何だ、珍しいな…。そういえば前に──…」









「あとは向こうの花壇の水遣りしたら終わりですぅ」

蒼星石と別れた後、翠星石は園芸部に顔を出していた。
最後に花壇の水遣りを終えてから帰ろうと、最後の花壇へと向かう途中だった。

花壇が見えた先に見える二つの影。
花壇の傍らにしゃがみ込んで何やら話し込んでいる。
その影が男子だとわかった際、思わず足が止まるが、気にしても仕方ない、と気合を入れ再び歩みを進める。
どんどん距離が近付いて、男の顔なんかそっちのけで声を上げる。

「そこで何してるですか!」
「「!」」

二人の声がいったん止まる。翠星石は視線を合わさずずかずかとした足取りで花壇へと近付いていく。

「この花壇に何の用です!踏み荒らしてたとか言うならただじゃおかないですよ!」
「ああ、すまない。少し見ていただけなんだ。行くぞ」

桃矢はすくっと立ち上がり花壇を離れる。近付いてくる翠星石に軽く頭を下げ、すたすたと校舎へと戻っていく。
蓮矢は翠星石に見向きもせずに、そのまま踵を返し歩いていった。

「まったく…どこのどいつですぅ?この花壇を見つけるなんて…」

怒ったようにふんっ、と鼻を鳴らし、独り言をぶつぶつと。
やがて姿の見えなくなった男子生徒二人に、ふと、違和感を覚えた。

「…?」

顔を見たわけではないのに。なのに、何かが引っかかる。
その、『何か』がなんなのか、思考が追いついた矢先、無意識に声に出ていた。

「黒みがかった…紅い髪…?」

瞬間、どくん、と大きく脈打つ鼓動。同時に、脳裏をすさまじい勢いで何かが駆け巡る。
走馬灯のように脳裏を駆けてフラッシュバックする『何か』に、翠星石は勢いよく頭を振った。

「…た、他人の空似ですよ!そうに決まってるです!似たような髪なんてほかにいくらでも…! ……」

自分以外誰も居ない花壇で、ひとり大きな声で叫ぶ。自分に言い聞かせるように、否定を肯定するように。

もう一度かぶりを振って、花壇へとしゃがみ込む。
愛用の如雨露を片手に、植えてある花たちに水をかけていく。

(…そうです。他人に決まってるです。だから、もう…。)

脳裏を駆けて浮かんでくる記憶を懸命に振り払う。

気のせいだ。人違いに決まっている。あの二人がここに居るはずがないのだから。









翠星石を図書室で待っていた蒼星石は、待っている時間がもったいないと思い、出されていた課題を片しながら時間を潰していた。

「この辺にしとこうかな」

きりのいいところで課題を切り上げ一息ついて。
自分の他には誰もいない図書室へとぼんやりと視線を巡らせた後、両腕を上に上げ大きく伸びをして天井を見やる。

次いで思考が翠星石へと向かう。
もうあれから結構経つが、一度も此処には顔を出してきていない。
そんなに時間がかかっているのだろうか?

「様子、見に行ってみようか…」

そう考えるが早かったか、ガタンッと席を立ったところでガララッと図書室のドアが開く音。

「蒼星石〜」

視界に入ってきたのは、自分とよく似た容姿の少女。
様子を伺うようにぐるりと図書室を見回してから、たたた、と蒼星石のところまで走ってきた。

「やぁ翠星石。けっこう長かったね。時間かかった?」
「あ、いえ。ちょっと予定外の出来事が起こったです。で、時間がかかったのですよ」
「大変なこと?」
「別にどうってことはないですけど…。とりあえずこっちは終わったです。蒼星石は何してたですか?」

どうってことはない、と言いつつもどこか顔色が悪いように思うのは気のせいだろうか。
蒼星石は思ったことはあえて口には出さず、視線を机の上に広げている参考書に移した。

「課題を少しね。でももう終わったから。帰ろうか」
「はいです!」

蒼星石の言葉に翠星石は微笑んだ。
蒼星石は姉の笑顔を前に、今の心配は杞憂だったのか…と、心の中で苦笑した。
帰り支度を整え、図書室を後にした。


その、帰るために下足場に向かっていた途中。

「そういえば翠星石さ。今朝も占い聞いてたけど今日はどうだったの?何か当たってた?」

その占いの話が出た途端、翠星石は肩を落としため息をついた。
がっかりした様子の姉に、蒼星石は一瞬笑いをこらえた。

「ぜーんぜんだめです。ちーっとも当たりゃしねーです。今日なんて大はずれですよ」
「何だったんだい?」
「『出会いがある』とか言ってたですのに。それらしき人なんかちっとも見当たらないですし〜」
「なんだって!?」

突然の姉の衝撃発言に、蒼星石は思わず声を張り上げた。
返された声に翠星石は目を白黒させて、驚いた風な色をすぐ目の前の対に返した。

「び、びっくりしたです…。そ、そんな驚かなくてもいいじゃないですか」
「出会いって…男、の子?」
「運命の相手とかって言ってたですけど…やっぱりそうなんですかね?よくわからないです…」

小首を傾げながら再度ため息をつく姉を見つめながら、蒼星石は顔を顰めた。
翠星石に出会い?しかも、運命の相手?

(冗談じゃないよ…)

自分だって翠星石を想っているのに。今すぐにでも手に入れたいくらいに好きだというのに。
そんな、いきなり出てきた得体の知れぬわけのわからない男(やつ)なんかに、横取りされてたまるか。
いやそもそもたかが占いなわけだし本気に取るほうが間違いなのかもしれないうんきっとそうだ。

そんな言葉を並べ捲くし立てて、ちらりと横目で見た姉は、まだ首を傾げてうんうん唸っている。
やはり自分が男子生徒に人気があるということに、まったくと言っていいほど気がついていないようだ。

「…いいよわからなくて。言っただろ。君は男の子が嫌いなんだから無理に彼氏なんか作らなくたって」
「…?何怒ってるですか…?」
「…別に」

目の前の姉は、超高校級の天然&鈍感少女。
気付いていないのか、それとも気付かないふりをしているのか。
間違いなく前者だろうが、こっちとしては早く気付いてもらいたいもの。

…まぁそんな天然な彼女もかわいいと思ってしまうわけだけど。



──ざわざわ



「ん?」

下足場近くまで来たところで、なにやら玄関口が騒がしい。
今日は始業式ということもあって生徒は皆早々に帰宅…したはずだったのに。

「な、なんですかこの人の数は!?」

ふたりが目の前にした光景。そこには大勢による長蛇の列ができていた。それに妙に女子が多いような気が…。
しかもよく見れば見覚えのある後姿も…。

「あ!?チビ苺!何してやがるのですか!」
「あ!蒼星石と翠星石〜♪」
「あらふたりとも。今帰るところ?」
「真紅、君まで…。これは何の騒ぎなんだい?」
「『てんにゅうせい』が、来たの!」
「「はぁ?」」

ふたりは声を合わせ顔を見合わせる。
この騒ぎは転入生が来るからだったのか…。
人の波から離れた四人は、巻き込まれないよう端へと移動する。これでは帰ろうにも帰れない…。

「しっかしずいぶんと女子が多いですね?転入生ってのは男ですか?」
「ええ。そうみたいよ。今水銀燈が取り調べているはずだもの」
「水銀燈が?どこで。」
「あそこ!あの中なの!」

そう言って雛苺が指差した場所。それは渦巻く女子生徒たちの中心部。
確かに言われて耳を澄ませてみれば、水銀燈の声が聴こえなくもないような…。

「どうするですか?蒼星石…」
「このままじゃ帰れないし。落ち着くまで待つしかないかな…」

帰ろうと思えば帰れなくもないだろうが、この女子生徒の塊の中を潜り抜けていくことは、そうそう出来やしない。
飛び込んでいって要らぬ火の粉を浴びるのはごめんだ。

「あ!水銀燈が出てきたの!」
「噂の転入生も一緒だわ」

首を傾げていた双子姉妹は、真紅たちの声で首を元に戻した。
女子生徒たちの黄色い声が飛び交う中、水銀燈が先立って廊下に出てきた。
翠星石たちを見つけ、駆け寄る。

「あ〜ら皆おそろいねぇ〜。野次馬に来たのぉ?」

髪を掻き上げながらいかにも気だるそうに、水銀燈はぶつぶつと。
この人数の女子に相当参っているのか、それとも生徒会の仕事にうんざりしているのか、その表情には疲れが垣間見える。
しかしそんなだらけた気分も翠星石の一言で機嫌一変。今の今まで鬱陶しそうにしていた表情もころっと変わり華やんで。
…まぁ笑顔全開で翠星石に抱きつこうとした瞬間、ものの見事に翠星石は蒼星石に掻っ攫われてしまったのだが。

「それで?遊んでないで仕事はしたのかしら?水銀燈?」
「うっさいわねぇ。やってるわよ。ほら、見えるでしょ?あの男達よ」

ため息混じりの真紅の言葉に顔をむすっとさせ、水銀燈は後ろを振り返る。
翠星石たちもそれに続くようにひょこひょこと顔を覗かせ、身を乗り出す。

女子生徒たちに囲まれ思うように抜け出せずにいる二つの頭が見えた。

「苦戦しているようね。どんな二人なの?」
「そうねぇ。男前っていえばけっこうな男前だけどねぇ〜」
「貴方の嗜好なんか訊いてないのだわ」

呆れたように肩を落とす真紅に、再び水銀燈の眉根が寄る。
あ〜、はいはい。と舌打ちし、手元の手帳を開いた。

「翠星石たちと同じよ。双子なんですって」
「双子…。男の、ですか?」

聞いた瞬間再びどくん、と脈打つ鼓動。
知らず、手に汗が滲んでくる。

「そう。それに貴方たちと同じで瞳の色も左右で違ってたわねぇ」
「へぇ?…あぁ。そういえばさっきそんな男子を見たな。僕たちと同じで目の色の違う男子生徒」
「じゃあ多分それね。それ、転入生の片割れよ」
(───)

どんどん加速していく鼓動もそのまま、翠星石はただ茫然としていた。
男子の双子…左右で色の違う瞳…
そんな眼を持つ人物など、あの二人しかいない。

見覚えのない…否、"見覚えのある"少年二人が、先程裏庭で見た光景とともに、虚ろながらも脳裏に浮かんでくる。
そしてその疑問は、水銀燈が告げた言葉でより強い確信へと変わった。

「名前は確か……兎屋〜…桃矢?に蓮矢?だったかしらねぇ」

(!!)

衝撃が走った。身体全身に電流が流れるような、鋭い衝撃が。
水銀燈に向き直り、目を瞠る。
水銀燈。今…今なんて言った?

「だったかしら…って、はっきりしないわね。仮にも生徒会長なのだからそれくらい覚えなさい」
「男の名前なんていちいち覚えてられないわぁ」

(──…)

真紅たちの話し声など、とうに聴こえていない。
ただただ、その場に立ち竦むのみ。


兎屋桃矢と兎屋蓮矢。その名前を忘れていたわけではない。
ただ、思い出したくなかっただけで。


「双子…翠星石たちとおんなじなの!…あ!」
「あら。こっちに来るわ」

ようやく抜け出せたであろう転入生の二人組みがこちらへ向かい歩いてくる。

水銀燈たちと付かず離れずの位置で止まり、緩く伏せた顔を上げた。

「あ」
「あ」

端正な顔立ちで現れた二人の少年に、翠星石は叫んだ。


「あ────っ!!」





第2話 終わり



第3話へ続く。



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【次回予告】
理由が判らなかった。偶然知り得たことであったとしても。
出会った。出会ってしまった。恐らくはもう二度と、会うことはないだろうはずだった。
翠星石の様子が、日に日に変わり始める…──