第3話 『再会』
紺のブレザーに赤いネクタイ。チェックの入ったグレイのズボンに…肩には黒い鞄を提げている。
共に暗紅色の髪をした顔つきのそっくりな双子の少年に、翠星石は危うく、そのまま後ずさりして廊下の壁を破壊するところだった。
「な、な、な、なっ……っ」
こんなことがあるのだろうか。どうして今頃。しかも学園で!
「翠星石あわててるのー♪」
「なっ、ばっ、あ、当ったり前です!だ、だって…!!」
だって、まさかこんなところで会うなんて。
思ってもみなかった。いや、思いたくなかった。
「『だって…』?翠星石…どうかした?」
「ぅえ!?あ、あ、い、いえ!べ、べつに…!」
両手をぶんぶんと振ってあからさまに慌てふためく様子に、蒼星石は首を傾げる。
別にって…明らかに様子がおかしいと思うんだけど…。
首を戻しつつ、視線をもう一度双子の少年へと移した。
「…もしかして知り合いなの?」
「えっ…」
強張る体が、その先を促せない。口を開こうとするも、言うことを聞かない。
どうしよう。なんて言えばいい?何を言えば…。
怪訝そうな面持ちの妹に困る翠星石を、双子の少年の一人が口を割って入ってきた。
「いや、初対面だよ」
やわらかな声色で話す少年──兎屋桃矢は、驚いたように顔を上げた翠星石に小さく微笑んだ。
「"はじめまして"」
「──…」
翠星石はただ、目を瞠るばかり。
様子を伺うように、視線をすぐ後ろにいるもう一人の少年に向けるも、その少年──兎屋蓮矢は、鬱陶しそうな顔でこちらを睨んでいるだけだった。
「…ったく、貴方達ねぇ。もうちょっと早く出てきなさいよ。予定が狂うでしょぉ?」
「すみません。そんなつもりはなかったんですが…」
「……」
水銀燈と彼らが何か話しているが、そんな話は聞こえない。
なんだか頭がボーっとしてきて…足元もおぼつかなくて…
(なんかふらふらするです……、…)
軽く眩暈を覚えた、瞬間。
ふらっ…
「! 翠星石!?」
膝が折れて、意識が黒く塗り潰された。
☆
「──星石、翠星石!」
「っ…、…?」
呼び続ける声に、翠星石はぼんやりと瞼を開ける。
鏡写しのような瓜二つの顔が、そこにはあった。
「…ぁ…そうせいせき…?」
「よかった…気がついた?気分はどう?」
しばしぼんやりとしていた翠星石はゆっくりと体を起こし、ふと気付いた。
ここは……
「私たちの…部屋…?いつ戻って…」
「少し前だよ。さっきまで真紅たちもついてたんだけど…。学園で倒れたの、覚えてない?」
「倒れ…、…!」
そうだ。確かあの二人と会って、それから…。
…それからどうしたんだっけ?…倒れた?
「受け止められたからよかったけど…驚いたよ」
「…ご、ごめんなさいです…」
「いいよ。大事に至らなかったわけだし。でも今日は早めに休んだほうがいい」
「あ…はい。そうするです…」
歯切れの悪い曖昧な笑みを返して、翠星石は着替えるために一度ベッドから降りる。
重たげな足取りでクローゼットへと向かう姉を見つめた後、蒼星石は緩く口を開いた。
「着替え、手伝おうか?」
からかうような妹の言葉に、翠星石の動きがいったん止まる。
元気が出るようにとわざと意地悪じみたことを言ってみたが、効果があっただろうか…?
しかし、翠星石は首だけを軽く後ろへと向けて、苦笑した。
「平気ですよこれくらい。着替えくらい自分でできるです」
「……。うん」
蒼星石は一拍置いて返す。
見つめ返すその表情は、少しだけ怪訝そうだった。
『な、何言ってるですか!そんなこと頼んでないですぅ!!』
これが、いつもの反応。
いつもの翠星石なら、必ずこういう反応を返すはず。それも顔を真っ赤にして。
なのにいったいどうしたというのか。
一方の翠星石は、そんな怪訝そうに自分を見つめる妹の視線に気付かず、ただ、ぼーっとしていた。
先程からずっと着替えようとしているのに、ボタンに手が引っかかったまま、外れない。
カリ…カリ…、と弾くように爪先で遊ばれ、一向に解かれる気配は見せない。
翠星石は床に顔を伏せたまま、自分の足元へと視線を落としたまま、緩く思考を巡らせた。
脳裏に虚ろに浮かぶのは、あの双子の兄弟。暗紅色の髪をした、青と金の瞳を持つふたり。
翠星石は後ろの蒼星石に聞こえないほどの小さな声で、呟いた。
「…どうして──…」
☆
翌朝。いつも通りに学園へと登校した双子姉妹。
一夜明けた学園は、一クラスだけに限り、空気が打って変わっていた。
「ねぇ、見た見た?」
「やっぱりかっこいいよね〜」
「あんたどっち派?私は桃矢くん派〜♪」
「えー?蓮矢君の方がかっこいいって!」
クラスはもう転入生の彼らのことで持ちきりだった。
蒼星石や翠星石のいるクラスでは、隣のクラスだからだということもあってか騒ぎが尋常じゃない。
授業中だろうが休憩時間だろうが話題にされるのはそのことばかりで。
「すごい人気だなあの二人…。まぁ僕たちも最初はああだったっけ」
「そうですね…」
「女の子達には悪いけど、僕はちょっと感謝かな。騒ぐ娘が少し減ったから」
「そうですね…」
「……。翠星石。僕の話聞いてる?」
「…え?…あ、も、もちろんですよ!聞いてるです!」
ぼーっとしながらの二つ返事をしたかと思えばすぐさま慌てるように弁解する。
明らかに顔を引きつらせるその様に、蒼星石の眉根が寄る。
「嘘だ。昨日から様子が変だよ。まだ、具合悪いの?」
「い、いえ。それはもう全然なんともないですよ!」
「じゃあどうしてそんなに元気がないのさ?」
「へ、変なこと言うですね。翠星石は元気ですよ?」
未だ怪訝そうに見つめてくる妹に悟られないよう振舞う。
おそらく今自分が取っている態度はおかしい、と勘の鋭い蒼星石ならとっくに気付いているだろう。
気付いているから、問い詰めて訊き出そうとしてくる。
わかっている。自分でも判るくらい、いつもと様子が違うことくらい。
わかっている。こんなにも気持ちが不安定で動揺している原因が、何なのか。
だけど…──
「きっと昨日の疲れがまだ残ってるですよ。ちょっとはりきりすぎたみたいですから」
「はりきるって…園芸部の活動?そんなに動いたの?」
「そりゃーもうくたくたですよ。部員数が少ないですからねぇ…。あ、それにですね!」
───よかった。
うまく切り抜けることが、できた。
…──そう、思いたかった…──
午前の授業が終了し昼休みに入ったところで、それは起こった。
それは本当に、偶然だった。
「蒼先輩ー!今ちょっと時間いいっスかー?」
呼び出しは、突然。
同じ陸上部に所属している後輩からの急用で、蒼星石は一時教室を離れた。
蒼星石は陸上部の副部長。部活が再開したこともあってか忙しくなってくる時期なのだろう。
教室に残った翠星石は昼食を食べる気もあまりなく、ひとり騒がしい教室を後にした。
特に向かうところも無く、ふらふらと校内を歩いて、数分。
気がつけば、足が自然と裏庭の花壇へと向いていた。
「…昨日…ここで…」
此処で見た二人の男子生徒。それがまさか"あの"二人だなんて。
信じ難いことではあったが、認めざるを得なかった。
だって見間違うはずが無い。あの髪とあの瞳…。それは、"知っている"から。
ガサッ
「!」
とっさに振り向いて。
音のしたほうには、二つの影。
よく似た容姿をした、双子の少年の、姿──
「…!」
立ち止まる翠星石に少年たちも歩みを止める。
一人は驚いたように目を見開いて。もう一人は無表情のまま見ているだけで。
ともに、時が止まる。
しばし互いにその場に立ち尽くしたまま時が流れていく。
先に沈黙を裂いたのは、双子の少年の片割れである、桃矢だった。
「…度々すまない。また、邪魔をしてしまったようだな」
出だしは少しぎこちなく。申し訳なさそうに苦笑して、桃矢は小さく一息ついた。
隣に並ぶ蓮矢は何も言わず、ただ無表情で翠星石に視線を向けているだけ。
響いた声に、ゆるゆると肩の力が抜ける。
何か言葉を、とも思うのに、痞(つか)えて何も出てこない。
「──桃矢…蓮矢…」
ようやくと出てきた言葉は、震えるような、声だった。
☆
何を言えばいい?何を話せばいい?
もう二度と会わないと思っていた。会えないとも思っていた。
たとえ道端ですれ違っても、初めから知らない人のように、視線を合わせるつもりもなかったのに。
彼らを思い出すたびに、胸の奥にこびりついたものが軋(いた)みだすのが、嫌だったから。
(この間からずっと引っかかってたのは…このことだったんですね…)
新学期からうすうす感じていた予感は、的中した。それも、あまり良くない方向で。
今までの違和感はこのことを暗示していたのだろうか。
もう一度、この二人に出会うと──…
(何を、言えば…?)
わからない。わからない。
だんだんと速まっていく鼓動が、さらに焦りを生む。
立ち去ることもできず、ただその場に立ち尽くすのみ。
「──先に戻る」
それだけを低く声に呟いて、もう一人の少年・蓮矢は、そのまま体を翻し校舎へと戻っていった。
思わず気の抜けたような声が、翠星石の口から漏れた。
「え…?ぇえ?」
「やれやれ。しょうがない奴だなまったく…。すまないな。気を悪くしないでくれないか」
「あ、いえ。別に…その…」
どっと肩の力が抜けたような翠星石に、桃矢は小さく微笑む。
蓮矢の戻っていった道に緩く視線を向けてから、再度、翠星石に向き直る。
「あいつも悪気があるわけじゃないと思うけど…。すまない。後でよく言っておくよ」
「…まぁ…無愛想なのは今に始まったことじゃないですし」
「確かに。君にはいろいろと迷惑をかけたからな…」
「いえ…」
「昨日のこともとっさに機転を利かせたつもりだったけど…失敗したかな」
昨日のこと。蒼星石に『知り合いか?』と訊かれとっさに初対面だと言い切ったこと。
翠星石は顔を上げ桃矢へと向き直った。
「…あの時は助かったですよ。どう言ったらいいのかわからなくて…」
「…君はそう言ってほしいんじゃないかと思ってね。…勝手な判断だったな」
苦笑する桃矢に翠星石も苦笑する。
首を小さく左右へと振って、肩をすくめた。
「ありがとです。桃矢…」
「…いや。負担になってなければいいんだ。妙な話題ばかりで…すまない」
「…さっきから謝ってばっかりですよ。聞き飽きたです」
「はは。君のその喋り方を聞いてるとなつかしいな。──本当に、なつかしいよ」
照れくさそうに頭の後ろを掻く彼の仕種に、自然と笑みが零れる。
なつかしさが漂う、やわらかな空気の流れ。
それは、以前から知っていたもの。
「久しぶり…になるかな。元気そうだね。翠ちゃん」
「──はい。久しぶり…です。桃矢…」
第3話 終わり
第4話へ続く。
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【次回予告】
再会を果たした、少年と少女。
気付かれないよう振舞う翠星石だったが、実は意外な人物にバレてしまっていた。
その噂はやがて彼女達の耳へと入り、怒り心頭を露にするのだった。