第4話 『元彼氏!?』


カタカタと小さく響くのは、何かを打つ電子音。
誰も居ない廊下の死角、その音は、やがてコール音となって静寂を裂いた。

『──はい』
「俺だ」

低く答えた声に、向こう側から苦笑が漏れた。
あしらう声に、少年の瞳の色が濃い色に変わる。

「どういうことなのか説明してもらおうか」
『ああ、伝えてあったのは桃矢の方だったか』
「話せ。言い訳は聞かん」

少年の意図を察したか、向こう側からの声が一息ついた。
そして再び耳に届いた報せに、少年は聞き返した。

「…予定が変更になった?」

訊いた途端、少年は顔を顰めた。
そしてすぐさま思い当たる思考を手繰り寄せ、ため息を一つ。
怒りの宿った瞳もそのまま、緩く、瞼を閉じた。

「──判った。なら、それでいい」

一方的に言い放ち乱暴に携帯電話を耳から離す。
ディスプレイの向こう側からまだ何か言っている声を無視して、躊躇いもなしに電源を切る。
閉じぬままの携帯電話を握る手に、知らず、力を込めた。

廊下の壁を背もたれに、緩く顔を上げた少年──蓮矢は、怒りを解かぬオッドアイを窓の外へと向けた。


脳裏を駆ける、ひとりの少女の姿。
栗色の長い髪を靡かせた、緋翠の瞳を持つ少女。


休み時間の終了を告げる鐘の音が鳴り響く。
蓮矢はその場を動かず、ただ、空を睨んでいた。

そして誰にとも聴こえぬほどの低い声を、怒りを落とした声を、小さく。


「──最悪だ」









昼休み終了の予鈴は、裏庭にいた翠星石たちにも届いていた。
話し込んでいたため、鳴ってからの反応についていけなかった。

「…あ、今予鈴鳴ったですか?」
「ああ、そうみたいだ。気付かなかったな…」

よいしょっと腰を浮かせ、桃矢は立ち上がって。それに続いて、翠星石も立ち上がる。
ん〜っ、と伸びをしている桃矢を横目に、ふと、先程の話の続きを。

「桃矢?さっきの話ですけど…やっぱり賛成するですよ」
「そのほうがいいだろうから。僕も気をつけるよ。蓮矢にも言って…、必要ないか」

あいつは問題ないな。
付け足して、桃矢は苦笑する。

「じゃあ先に戻るよ。いっしょに居るところ、誰かに見られるの嫌だろう?」
「…いろいろ迷惑かけてるですよね…」
「君が受けたことに比べれば、問題ないことだよ」
「……」

翠星石は少しだけ表情を暗く、俯いて。
桃矢はそれに気付き、「それに…」と続けた。

「不謹慎かもしれないけど…また会えて嬉しかったんだ」
「桃矢…」
「まぁその…話しかけないよう気をつけてはいたんだけどつい忘れてしまって…」

極力話しかけないつもりだったのに、アッーっという瞬く間に、話しかけてしまったではないか。
しかもこんな長話までして…誰かに見つかったならどうなることやら。

垂れる桃矢に、翠星石は肩をすくめた。

「相変わらず抜けてますですねぇ…ボケまくりです」
「え?あ、そ、そうかい?」
「そーですぅ。そんなこと気にしてなんかないですよ。まぁ驚きはしましたけど」

たしかに会ったのは驚いた。話しかけられたことにも。
会いたかった?──わからない。
けれど嬉しいと思う自分がいるのも、嘘ではないから。

「はは。そう言ってもらえると助かるな」
「別にーですぅ。本鈴が鳴る前に戻らないとそれこそまずいですよ?」
「あ…っと、そうだな。それじゃあ」
「はいですぅ」

互いに顔を見合わせ笑い合って別れる。
初めの頃のぎこちなさなど、今は無いに等しかった。
ただ純粋に、彼との再会が、嬉しかった。


なんともいえない晴れやかな気持ちを胸に、
校舎の中へと消えた桃矢としばしの間を置いた後、翠星石も校舎へと戻っていった。









本鈴が鳴り終わるギリギリで教室へと滑り込みセーフした翠星石は、運良くまだ先生が来ていないことを知り、いそいそと自分の席へと着いた。
机の上に突っ伏して、大きく息を吐く。

「翠星石。どこ行ってたんだい?遅かったね」

先に戻っていた蒼星石が声をかける。
陸上部の用を終え戻ってきてみれば姉の姿がない。
いったいどこに行っていたのだろうと、少々気にかかっていたようだった。

「あ…ちょっと園芸部のほうに行ってたですよ。それで思った以上に時間がかかってしまって…」
「また?忙しいなら手伝おうか?」
「い、いえ。大丈夫ですよ。人手は足りてますから」
「部員数が少ないって言ってなかったっけ?」
「え?あぁえと…、でも平気ですよ。何とかなってるですから」
「……。ふーん」
「あ!ほら!先生が来たですよ!」

翠星石は早々に話題転換。
その姿に、蒼星石の眉根が無意識に寄る。

何かをごまかすような、物言いと振る舞い。
それに加えて様子が明らかに違うことが伺える。

(随分と機嫌が良いように見えるんだけど…)

ついさっきまで…元気がない…否、どこか沈んだような雰囲気だったのに。
今はそれとは逆に、どこか嬉しそうにしているような…そんな感じがした。
この休み時間中に、いったい何があったのだろう?

蒼星石の抱えている疑問は、増していくばかりだった。



午後の授業も終了し、皆がそれぞれ解散していく。
蒼星石は机の上に帰り支度と部活に行く用意をしていた。が、その視線はずっと翠星石に向かったままだった。

翠星石の様子が気がかりで仕方がない。
ここ最近、どうにも何かが引っかかって、すっきりしない。
それが何なのかは、今は判らないのだけれど。

当の本人の翠星石は、クラスの友達に呼ばれたらしく教室のドア付近でなにやら話し込んでいる。
少しの時間を要し、自分たちの席へと戻ってきた。

「蒼星石!先帰ってていいですよ」

翠星石はそれだけ言って、蒼星石の返事も聞かず荷物を持って足早に教室を出て行った。
蒼星石の眉根が再び、無意識に寄る。

(何なのさ。いったい…)

いったいどうしたというのか。
姉は、何を隠しているのだろう。









教室を出た後、翠星石はひとり屋上へと向かっていた。
ある人物に呼び出しを受けたから。

(どうしたんですかね?)

意外も意外で、どうしても首が傾いてしまう。
記憶を辿ってみても呼び出される出来事が思い浮かばない。
普段からそんな話すことなどあまりないし、何よりこんな呼び出し方法など…これが初めてではないか?

傾げた首もそのまま、階段を上り屋上へのドアの前で止まる。

ガチャッと扉を開け、外へと足を運ぶ。雲ひとつない空が、眩しい日差しが、目を刺す。
片手で顔を前に日陰をつくり、目を慣らしていって…目的の人物を捜す。
フェンスにもたれかかっているひとつの人影に気付き、近付いていく。

「あ、見つけたですよ!薔薇水晶!」

呼ばれた本人──薔薇水晶は、ゆっくりと後ろを振り向いた。
走ってきた翠星石に視線を合わせつつ、口を開いた。

「うん…ごめん。伝言頼んだんだけど…びっくりしたでしょう…?」
「まぁそれは…。でもそんなことはいいんですよ。どうしたんですか?」

クラスの子に伝言してまでの呼び出しだなんて…。よほどのことなのだろうか?
呼び出される内容を思いつかない翠星石は、ただ、心配そうに聞き返した。
僅かな時間を要し、薔薇水晶は緩く瞳を伏せ、ゆっくりと話し始めた。

「…ごめんね…翠星石…私…見ちゃったから…」
「見たって何をですか?」
「…あの転入生の二人…知り合いなんでしょう…?」
「…っ!?」

瞬時に体が強張る。その瞳は、驚愕に見開かれていた。
どうしてそれを?どうして知っている!?

「ばっ…な、何言ってるですか!お、男に知り合いなんか居ないですよ!」
「…すごく楽しそうに…話してたよね…翠星石…嬉しそうだった…」
「そ、それは…!で、でも…ちがうです…あれは…!」

何とか言葉をつなげようとするもうまく舌が回らない。
こんな言い訳じみたこと…ますます疑われるようなものだというのに。

薔薇水晶はいつも通りの無表情な顔ながらも、どこか申し訳なさそうに、言葉を遮った。

「いいよ…もう…隠さなくて…いいから…」
「…、──」
「知り合い…なんでしょう…?」

じっと見つめてくる薔薇水晶の視線に、翠星石はたじろぎながらも肩の力を抜いた。
ゆっくりと、首を縦に振る。

「そう…。やっぱり…」
「あ、あの、薔薇水晶!このこと誰かに…っ」
「わかってる…誰にも言ってないから…。ね…?」

息巻く翠星石に、薔薇水晶は小さく微笑んだ。
そのまま続けるように、静かに聞き返す。

「内緒に…したいんでしょ…?あの二人と知り合いだってこと…」
「……、今はまだ話せないです…だから…」
「…うん…。私にできることなら…協力するよ…?」
「薔薇水晶…」
「誰にも言わない…。約束するから…」

薔薇水晶のやさしさに安堵したのか、翠星石にもようやく元気というか、それらしさが戻る。
大きく一息ついて、ぎゅうっと薔薇水晶に抱きついた。

「ありがとです…薔薇水晶…」
「ううん。急に呼び出して…ごめんね…」

薔薇水晶も翠星石をそっと抱き返して…というかそのまま逆に翠星石に抱きついて。
翠星石の苦しげな声が漏れて、そのあとふたりのふざけあうような声が、しばし谺していた。



屋上の扉の裏にもうひとつの影があることに、ふたりは気付かなかった。

「──これは大スクープの予感ね…!」









場所は生徒会室。
椅子に腰掛けながら気だるげにしている少女が、ひとり。

(あ〜…めんどくさいわねぇ…抜けちゃおうかしら)

庭國学園生徒会長・三年の水銀燈。
彼女は生徒会の仕事に追われ、あからさまにうんざり顔を曝け出していた。

「会長ー!この間の議題なんですけどどうしますか?」
「あーもう貴方達で勝手にやっちゃいなさぁい」

仕事をまじめにする気など、彼女には更々ない。
机に頬杖をついて、再度ため息をついた。

(はぁ…まったく何で私がこんなことしなきゃならないのよ)
生徒会長だからでしょう
「!?」

いきなり耳に飛び込んできたとげとげ声に思わず固まって。
心を読まれたかのような鋭い指摘に、水銀燈は顔を顰めた。

「…なぁに〜?誰かと思ったら真紅じゃない…何の用?」
「貴方の担任からの渡しものなのだわ。受け取りなさい」
「偉そうに…何様なのよあんたは…。まぁいいわ。そこに置いてさっさと出て行きなさぁい」
「あら。翠星石だわ」
「えっ!?」

つーん、とそっぽを向いた水銀燈は首を戻し席を立つ。
どこよ!?と言わんばかりの様子に、真紅はため息をついた。

「それだけ元気があれば問題ないわね。仕事、しっかりやりなさい」

それだけ言ってすたすたと歩いて行って。その顔にはうっすらを含み笑いを浮かべていた。
まんまと騙されてしまった水銀燈は、わなわなと拳を握り締めた。

(真紅…!蒼星石の次くらいに憎たらしいわねぇ…!覚えてなさい…、?)


───バタンッ!!


怒りに震えていた水銀燈の耳に、突如開く生徒会室のドア。
そこに立っていたのは、彼女と同期の、しかも同じクラスである少女・金糸雀だった。

「水銀燈!居るかしら!?」
「…ったく次から次へとやかましいわねぇ。今度は何よ。」
「ああもう!のんびりしてる場合じゃないのに…!大ニュースなのよ!」
「だから何なのよ?」

「翠星石に元彼が居た事実が発覚したかしら!!」


…………。

は?

「…ちょっと、あんたまたそういうデマを…。タチ悪いわよぉ?」

何の話かと思えばそんな…。実にくだらない話題だ。嘘だと言うことが判りきっている。
のに。

「嘘じゃないかしら!ちゃんと相手の男もわかっててこの話…をお!?」

つかつかと歩いてきた水銀燈に突如胸倉を掴まれ、金糸雀は苦しそうに声を荒げる。
途端にざわつく室内にも目も暮れず、水銀燈は金糸雀を睨んだままで。
ため息混じりに、怒りのままに、聞き返した。

「じゃあその男の名前でも言ってみなさいよぉ。どーせあんたの情報なんてアテならないでしょうけど」
「い、言ったわね。ほんとのことだって知ってあとで泣くといいわ!これよ!」

どこに持っていたのか、ずいっと、目の前に出された数枚の写真に、水銀燈は一瞬目を瞠る。
一度だけギロリと睨んだあと、金糸雀を解放した。
そしてその写真に写っていた人物に、顔を顰める。

見覚えのないような少年がひとり、そこには写っていた。

「…誰よ?これ」

ずけっ!と金糸雀は一瞬こけるも、すぐに体勢を立て直す。
まくし立てるように、言い放つ。

「昨日学園に転入してきた男の子をもう忘れたっていうのかしら!?」
「転入してきた男ぉ〜?」
「『兎屋桃矢』よ!!」
「…兎屋…?どこかで聞いたような……、!」

そこまで考えて止まる。もう一度写真へと目を遣り、目を見開く。
その写真に写った、暗紅色の髪をした、右目が青く、左目が金の瞳の少年。
そうだ。この少年はたしかに昨日、自分が取り調べた少年だった。

「会長。その子近々生徒会に入るそうですよ。先生が言ってました」
「何ですって?じゃああんたの話は…ほんとだっていうわけ?」
「だから初めからそう言ってるのかしら!」

まさか。そんなはずはない。
翠星石に彼氏が居たなど…信じられるはずもない。
…待って。待ちなさい。そんな簡単に鵜呑みにしていいと思ってるの?
私は信じないわ。だってどーせこの女が嘘をついているんだろうしそんな確かめなくとも……

…………。



「あっ、会長!?どこに行くんですか!?」

生徒会のメンバーが引き止めるも、彼女の耳にはすでに聞こえていなかった。
そのまま脇目も振らず歩いて行って…翠星石たちの教室の隣・二年A組の前で止まる。
息を吸い込み、勢いをつけて、教室のドアを開けた。

バシンッ!と音を立てて開いたドアに、教室に残っていた生徒は皆目を剥く。
ざわざわとしだす生徒達にも構わず、水銀燈は残っている生徒を見回した。
窓際に居るひとりの少年を見つけ、歩み寄る。

ざわつきが一瞬止んだ、瞬間。教室内に、水銀燈の声が静かに響いた。


「兎屋桃矢。ちょっと顔貸しなさぁい」





第4話 終わり



第5話へ続く。



戻る

【次回予告】
水銀燈は走る。勘違いという名の暴走(?)を経て、ただひた走る。
そうして正々堂々と、桃矢に勝負を申し込む。受けて立つと意気込む桃矢に、水銀燈は余裕を見せる。
ともに負けるわけにはいかない二人の戦いが、今、始まろうとしていた。