第5話 『兎屋兄弟VS水銀燈』──前編
夕暮れ時の午後。場所は何故か調理室。
一部のギャラリーに囲まれた二人が、対峙していた。
片や、怒りを露にした少女。
片や、落ち着きながらも困惑気味の少年。
「まず手始めにこれよ。わかるわね?」
少女こと・水銀燈は怒り声もそのまま、少年こと・桃矢を睨みつける。
桃矢は「はあ…」と頷きつつ、状況を掴みきれていなかった。
「男でも料理の一つもできないと駄目よ。一品でも失敗したら即刻貴方の負けにするから」
言い放ち、ますます睨みの視線が濃くなる。
(言いがかりが入っているように聞こえるのは気のせいか…?)
桃矢は心の中で思いつつ、ふぅ…と一息ついた。
次いで、キッチン台の上に敷き詰めたように置いてある食材に目を向けた。
いったいどこからこれほどの食材を持って来たのか、という素朴な疑問が浮かぶが、今はそれを気にしている暇はなさそうだった。
そして水銀燈は水銀燈で、この作戦を考えた張本人である金糸雀を恨んでいた。
『私と勝負しなさい。勝負方法は──』
『料理よ!!』
いったいどこから沸いて出たのか、背後には金糸雀が立っていた。
ビシッと相手を指差して、いかにも自慢げに。
『りょ、料理ぃ〜?』
(…ったく、わけのわかんないこと言っちゃって…ほんとはた迷惑な女ねぇ…)
ため息混じりに一息つく。まぁ勝負方法が何であれ頷いてしまったのだからしょうがない。
それにもし本当に翠星石と只ならぬ関係があるならば、容赦はしないつもりだし。
「会長。目的はいったい…」
「確かめたいことがあるのよ。貴方…あの子と随分仲がいいらしいじゃない」
(!!)
目の色が変わる。
表には出さず、思考を一気に回転させた。
(バレたのか? あの娘が話した? それとも昼間話しているのを誰かに…?)
思いつく要素は次から次へと出てくる。
悟られないよう、静かに訊き返す。
「…誰ですか?」
「ふん。しらばっくれようってわけね。いい度胸じゃない。
いい?私が勝ったら貴方の知ってること全部洗いざらい吐いてもらうわぁ」
どうやらあちらさんは見逃してくれる気はないらしい。
いや、ここで引き返せば、それこそ余計に疑われてしまうだろう。
(気づくべきだったか…だがこっちが勝てば問題はないな)
勝負方法は料理。制限時間内に3品作れば勝ちとなる。
途中だったり、作れず間に合わなかったら負け。アウトになる。というもの。
(…やるしかないか)
あまり乗り気でなかった気分から、一変した。
やらなければならない理由が、負けられない理由が、できてしまったから。
「──わかりました。その勝負…改めて受けて立ちます」
翠星石のことをバラすわけにはいかない。
そのためならば多少なりとも本気を出していかなければ。
「そう来ないと面白くないわ。準備はいいわね?」
「いつでも。」
青と金の瞳と紅い瞳が交錯する。
ギャラリーが固唾を呑んで見守る中、決戦の刻(じかん)を次げる鐘の音が、鳴り響いた。
☆
只ならぬ熱気が、放課後の調理室に漂っていた。
時刻はすでに6時を廻っているが、集まった生徒は一向に帰る気配を見せなかった。
調理室のキッチンで争うのは、生徒会長の水銀燈と、転入生の兎屋桃矢。
隣の台で着々と調理を進めていく桃矢に、水銀燈は焦りと苛立ちを覚えていた。
(…なによ…なんなのよこの男…!?)
見事なまでの包丁さばき、的確な調味料の分量計算、そして目にも留まらぬほどに素早い調理と味付け。
桃矢の手際の良さに、水銀燈を含めその場に居たみんながそろって目を剥いた。
(あ、あいつスゲーな…)
(かっこいー!)
(マジ信じらんねぇ…)
ギャラリーの声が、さらに苛立ちを募らせていく。
あぁもううるっさいわねぇ!ちょっとは静かにしてなさいよ!
──ガコーン!
(!)
「「おおーッ!!」」
歓声が上がり、目を向ける。
大きくて重そうな中華なべを片手で持って、中身が零れないように振るっている。
具財が踊るように宙を舞って、気のせいか、神々しくも見える。
(な…っ)
桃矢のあまりにも慣れた手つきに、水銀燈は顔を顰める。
まさかこの男。料理が得意だったのか?
「…貴方まさか…料理得意だったりするわけぇ?」
「得意ですよ。子供の頃から作ってましたから」
「なぁ!?」
「で、それが何か?」
変わらず鍋を振るいながら桃矢は問い返す。
その、見透かされたような視線に、水銀燈はすんでのところで怒りを押さえ込んだ。
「…ふ、ふん!せいぜい作ってみなさいよ。この私には敵わないんだから」
そうは言いつつ、どことなく負けてしまっているような、そんな気分になる。
負ける?そんなはずはない。勝たなければ。勝って、真相を確かめなければ。
「残り時間あと10分!」
もう時間も圧してきている。ここいらで巻き返さないとあとあと厄介になる恐れがある。
今の段階ですでに桃矢は2品完成している。今作っている3品目も、程なく完成することだろう。
対して水銀燈も、2品はすでに完成しているものの、最後の1品が、完成まで少し厳しい。
途中だったら、その時点でアウト…
負ければ真相を知るどころか、生徒会長としての面目も丸つぶれだ。
(冗談じゃないわ…!)
水銀燈はラストスパートをかけて、一気にスピードを上げる。
ギャラリーの声が飛び交う中、制限時間の終わりを告げる鐘の音が、鳴り響いた。
☆
白熱するバトルの中、料理室の場所が近いグラウンドではいつものように遅くまで陸上部が活動していた。
「よし…今日はここまで。各自片付けをして解散!」
「「「はーい!」」」
部活に出ていた蒼星石はいつも通り部活動中。
部長の代わりに部員たちに、活動内容やその日のメニューなどの指示を与えている。
本日の部活が終了し帰ろうとしていた矢先、数人の部員たちが駆け寄ってきた。
「蒼先輩、蒼先輩! 事件ですよ!」
「事件?」
「確かめてねーのに何言ってんだよ。どうせデマだって」
「でもみんな話してるし…。ほんとのことかもしれないでしょ」
「何の話なんだい?」
不思議そうな顔で訊いてくる蒼星石に一同顔を見合わせて。
おずおずと、話し始めた。
「え、とですね。さっき聞いた話なんですけど…」
「生徒会長が調理室で勝負してるらしいんですよ」
「生徒会長って…あぁ、水銀燈か。勝負って何を?」
「なんでも、翠星石先輩に元彼がいたとかなんとか」
・・・・・・・・。
・・・・・・・・。
・・・・・・・・。
・・・・・・・・は?
「だーからそんなの嘘に決まってんだろー? いるわけねぇーよ絶対!」
「おう。俺は信じねーぞ」
「ってか信じたくないですって!」
喧々囂々と言い争う部員たちを前に、蒼星石はただ、固まっていた。
何だって? 翠星石に元彼? いったい何の話をしているんだ?
「───ちょ、ちょっと待った。それ…ソースはどこ?」
ソース、もとい情報源。こんな、いかにもバカげた噂話、いったい誰が垂れ流しているというのか。
「あ、金糸雀先輩が騒いでました…」
「それで水銀燈会長を引っ張りまわしたとかって聞いたけど…ほんとかな」
(金糸雀…!)
ビキッと音を立て、額に青筋が1本刻まれる。
何でこんなしょうもない噂をでっちあげたのか、問い詰めたいほどだ。
かろうじて怒りを抑え、静かに訊き返す。
「…それで、水銀燈が勝負してるんだ?」
「らしいですよ。なんでも料理対決してるみたいで」
「その勝負してる相手が翠星石の元彼氏だってこと?」
「ほら、先輩たちの隣のクラスに来たじゃないですか。その片割れらしいです」
「片割れって…まさかあの双子の…?」
隣のクラスに転入してきた男子の双子を思い出す。そのどちらかが翠星石の元彼だというのか…?
いや待て。そんなはずはない。あの二人に見覚えなどないし、翠星石だって会ったことはないって言って───
(…いや。でも…だとすると…まさか…)
ここ最近頭の奥に引っかかっていた『何か』が、一瞬だけ掠めた気がした。
ここ何日かの、翠星石の態度。変化が見られるようになったのは、たしか───
(あの双子が学園に来てからだ…)
沈んだり喜んだり、明らかに見て取れるほどの変化は、あの二人が来てからだった。
まさかずっとあの二人と会っていたのだろうか…?
(…そんなわけないだろ。バカバカしい。本気に取るだけ無駄だ)
そうだ。そんな話は嘘に決まっている。あるはずがない。
姉の男嫌いは今に始まったことではないのだ。その姉に、彼氏が居たなど…信じられるはずもない。
否定するように緩く頭を振って、肩をすくめた。
「…ただの噂話なんだろう? にわかに信じるものじゃないよ」
「あ、はい。それはそうなんですけど…で、でも…」
「ほら見ろー。やっぱ嘘じゃねーかよ! あの人に彼氏なんかいるわけねーだろ!」
「翠星石先輩はあの儚げで独り身のところがいいんじゃないか!」
「そうそう! 」
男子部員らが揃って「翠星石先輩いいよなぁ〜」と口々に漏らす。
まぁ当然蒼星石としてはそっちのほうが今は気にかかるような気もするのだけれど。
「…何だい? 君たち全員翠星石に気があるのかい? いけないなぁ〜」
「へっ? あ、いや、その…」
「もうちょっとだけメニュー追加してあげようかなぁ〜?」
「「「い、い、いえ!! ご遠慮させていただきます!!」」」
もう本当に見事なくらいの満面の笑顔の蒼星石に、すかさず男子部員全員即答する。ビシッと背筋を伸ばし姿勢を正して。
「そうかい?」と、これまた笑顔で促す蒼星石に隠れて、ひそひそ声でたむろする。
(蒼先輩の前で翠星石先輩の名前はまずいって)
(やっぱり話しかけたりとかしたらだめなのかなぁ? おれ、一回でいいから翠先輩と話してみたい)
(そんなん男なら誰だって思ってるっての。はー…やっぱハードル高いよなぁ…)
(((だよなぁ〜…)))
隅っこで懲りもせず翠星石の話で盛り上がる男子部員一同。
ちょうどその時。
『おい! 調理室で対決してた二人、勝負ついたってよ!』
(!!)
野次馬に駆けていたひとりの生徒がやって来る。「ほんとか!?」と、みんな騒ぎ出して。
わいわいと連れ立って、一斉に調理室の窓へと駆け走る。
蒼星石もしばし呆気に取られていたが、どうするべきかで頭を抱えていた。
追うか? 追って真相を確かめるべきか?
いや、こんな嘘だとわかりきっていることであれこれ悩んでどうする?
〜〜で、でももしかしたらあるいはちょっとくらいは…なんてことも…いや、ありえない!
でも気にならないといったら嘘になるわけだけどでもやっぱり………。
(………いいや、もう…)
蒼星石は散々ひとりで唸った挙句、やがて調理室とは逆の方向へと歩いていった。
☆
「終ー了ぉーー!!」
鐘の音と合図の声ともにふたりは作業の手を止めた。
調理室には勝負開始時のときとは比べ物にならないほどの生徒が集結していた。
まだこれほどまでの数の生徒が残っていたとは、さすがのふたりも驚いたようで。勝負の勝敗を伺いつつも目を瞠っていた。
「えーでは、これより審査に入りたいと思います」
「……ちょっと貴方誰よ」
「あ、これは失礼。金糸雀先輩に言われて来た後輩の…」
「そんな話どーでもいいから早くしなさいよ。私待たされるのって嫌いなんだけど」
「…あ、はい…。そうですね…えーっと…」
自己紹介しようとする男子生徒を遮り、水銀燈はちゃっちゃと先を促す。
気合いを入れていた男子生徒は少しだけがっかりしたように肩を落とし、早々に切り替えた。
水銀燈の手前に置かれている出来上がりの料理を、じぃ…っと見つめ、ゆっくりと、箸を取る。
一品目は、キャベツやらベーコンやらの入った炒め物。意外にもあっさりしている。ちょっと塩気が足りない…
二品目は、薄くスライスしたタコやきゅうりの上にゴマ酢がかかった和え物。…かなりの酢の量。酸味強すぎ。
料理上手だと思っていたのだが、実はそうでもなかったのだろうか…
何となくがっかりしつつ三品目。………。ん?
「……えーっと…これ、は……もしかしなくても…」
「見ればわかるでしょぉ? 豆腐よ」
豆腐? その言葉に一瞬ざわつく室内。
たしかに色は白いし形も四角いし、一概に豆腐といわれればそう見えなくもないのだろうが…。
この、なんとも言えず赤々しい色具合が気になるというか、なんというか。
というより、食べるのにこの上なく覚悟がいるような、そんな気がした。
「あの…でもこれただの豆腐じゃありませんよね? だってこれ…」
「そうよぉ。これ以上ないってくらい辛さたっぷりなんだから」
豆腐を使った料理で、辛いものとくれば?
「ま…麻婆豆腐…ですか?」
「そ。」
「「ええ〜〜〜〜っ!?」」
「な、何よ。なんか文句でもあるのっていうの!?」
さまざまな声が飛び交う中、水銀燈は焦りを見せ始める。
最後の料理は、ある意味でヤケだった。時間の関係上、どうしても省く必要があったのだ。
そのため、多少なりとも急ぎ足で作り終えて。出来上がったのが、これだった。
(そ、それは私だって不本意よこんなの…。でもしょうがないじゃない)
しかも作ったと言っても実際にはまだ途中だったりするわけで。もうこの時点で、敗けはほぼ確定しているようなもの。
不本意極まりないが、というか認めたくはないのだが、諦めざる得ない兆しが見え始めた。
「…な、なるほど。で、では続きまして兎屋先輩の料理ですが…。おお…!」
隣に並べられている仕上がった料理の数々に、歓声の声が上がる。
彩の良いものからおいしそうな匂いが漂ってきて…知らず、喉が鳴る。
「いいですよ。試食してみても」
料理を見つめたまま今にもよだれを垂らしそうな顔をしている審判の少年に、桃矢は促す。
少年は「いいんですか!?」と息巻いて、いそいそと小皿を取り出し、あまり取り過ぎない量を小皿に乗せ箸を取る。
ぱくん、とひと口食べて、顔を輝かせた。
「───う、美味い…!!」
食べてみての、率直で素直な感想。
一品目は旬な野菜を使った煮物。短時間で作ったにも関わらずしっかりといい味がしみこんでいて。
二品目は見た目どおりあっさりとしてそうな酢の和え物。これまた絶妙な酸味の効き具合。
そして三品目は、あのどでかい中華なべを振るいながら作っていた───これは八宝菜か?
しかもこれはまたいい感じにとろみがついていて…味も薄すぎず濃すぎず良い感じ。きっともの凄く白いご飯に合うだろう。
美味い美味いと称賛する様に、見ていたギャラリーたちも痺れを切らす。
「食べたい食べたい!」とぞろぞろと入ってきて、5分もたたないうちに、桃矢の料理は完食された。
しかしもう片方の主役の側にはあまり集まらず…当の本人は今にもぶち切れそうなほど怒っていた。
殺気に気取られた審判の少年が、慌てて話を戻す。
「…あ、で、では、これより判定に移ります!判定は、この場にいる生徒たちの多数決によって決まります!」
「え、ええ!? 聞いてないわよ!」
「今決めましたから!」
「ちょ、ちょっとぉ!?」
「ああ、構わないよ」
喰いかかろうとする水銀燈と、しれっとした顔の桃矢。
審判の少年の声で、判定が行われる。
結果────ほぼ満場一致で、桃矢の勝利が決定した。
「……ぅ……こ、こんなことって…」
敗けた。この私が。しかも全員が全員みんなあの男を推すなんて…!
悔しい。いや、悔しいを通り越してみっともない。生徒会長である自分が、敗けてしまったなんて───
その当の本人である桃矢は、生徒たちに騒がれ囲まれていた。
たまたま来ていた料理部の部長が騒がしいまでに部への勧誘を勧めたりもしていた。
その、涼しげに勝ち誇ったような顔が気に食わない。
「く…っ…」
「あの…会長。大丈夫ですか?」
桃矢が声をかけてくる。その余裕に満ちた声にますます腹が立つ。
この男…最初から自分が勝つとわかっていたのか?だとしたらなおのこと憎たらしい。
こんな…こんな来たばっかりでひょろっとした容姿のちょっとだけかっこいいかもしれないだけの顔の男に、この水銀燈が───!
「……認めないわ」
テーブルに両手をついて俯いたまま低く呟く。
ゆらゆらと、周りの空気が、空間が、歪んでいく。
「は…?」
聞き取れず桃矢は訊き返す。もう少し距離を縮めたところで、水銀燈がバッ!と顔を上げた。
「認めないって言ったのよ! 貴方これで勝った気になってるんじゃないでしょうね!」
「いや、勝ったと思うんですけど」
「いいえ勝ってないわ! 勝負はまだついてないんだから!!」
「え、ええ!? それってどういう…」
「貴方双子だったわよねぇ…?」
「それがいったい……あ!」
察した桃矢の顔つきが変わる。水銀燈は構わずそのまま続けた。
「弟を連れてきなさぁい! 兄弟まとめて相手してあげるわぁ!」
「はぁ〜!?」
理不尽かつめちゃくちゃな生徒会長の申し出に、桃矢はただただ、驚くほかはなかった。
第5話 おわり
第6話へ続く。
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【次回予告】
次の勝負相手は弟。無理難題を押し付けられながらもつい了承してしまう桃矢。
しかし話をつけようとするが蓮矢は我関せずで話を聞こうともしない。
頼み込む兄に、弟の蓮矢の反応やいかに────