第6話 『兎屋兄弟VS水銀燈』──後編


「生徒会長と勝負しろ?」


その日の夜。自宅へ先に戻っていた蓮矢は、帰ってきた兄を怪訝そうに睨んだ。
弟の睨みの利いた視線を物ともせず、桃矢はゆっくりと自分の椅子に腰掛けた。

あのあと、今すぐにでも呼べという水銀燈を何とか落ち着かせ、
「今日はもう遅いから」という理由をつけて、また日を改めて、ということに落ち着いたのだ。が、

「ああ。まあな…」
「…話が見えん。何がどうなってそいつと勝負なんだ。」

まぁそれはごもっとも。本来ならば兄である自分だけでよかったはずなのに、何がどうなってこうなるのか…
何度ついたかわからないくらいのため息をもうひとつ、大きく吐いた。

「お前の言うことは尤もだが…どうだ?受けるか?」
「断る。俺には関わりのないことだ」
「それがそうも言ってられなくなってな…」
「…どういうことだ?」

低く訊き返す。桃矢は視線を緩く床に落としたまま、一息つく。
ゆっくりと顔を上げ、自分とは対のオッドアイを見据えた。

「あの娘が関わってるんだ」

あの娘。と言った単語で伝わったのだろう。蓮矢の目の色が変わる。
睨みの視線が濃くなって…桃矢に送る視線は、これ以上ないほどに冷めたものだった。


しばしの沈黙。
互いに視線を交わしあったまま時が過ぎていく。
お互い無表情のまま何も言わず、不意に蓮矢が緩く目を伏せ、重い口を開けた。
その出てきた言葉に、耳を疑う。


「────わかった」


それは了承の言葉。意外な返事に桃矢も思わず目も瞠る。
まさか、こうもすんなりと引き受けてくれるものとは……

「だが条件を呑む代わりに俺の質問にも答えろ」

礼の言葉を述べようと口を開きかけた桃矢は、その言葉に続きを待った。

「予定が変更になったそうだな。何故俺に報告しなかった?」
「! おじさんに連絡を取ったのか」
「本人じゃないが確認は取った。おまえには伝えてあると言っていたが俺にはその通告が来ていない。」
「それは…」
「おまえが俺に言わなかったのは気付いていたからか?」

桃矢は目を瞠る。言おうとするより早く、蓮矢が変わらずの表情のまま先を促す。

「あいつがあの学園に居ると知っていたから話を受けたんじゃないのか」

言い放つ。視線もそのまま兄を睨んで。
再び数分の沈黙が流れた後、桃矢はゆっくりと天井を仰ぎ息を吐いた。

「…敏いな。だが違うと言ったところでお前は信じないだろう?」
「………」
「その件については落ち着いたら話すよ。でないと会長が黙ってないだろうからな」
「敗けたのか。」
「いや、勝ったはずだよ。でも『弟がまだよ!!』なんだそうだ」
「…勝手な女だな」
「そうだな。でも必死だったよ。あの娘のためにって、感じだった」

必死というよりはひどい睨まれようだったのだけれど。
あそこまで喰らいついてくるとは、よもや思わなかったわけで。

「どうせ真剣な話じゃないだろう。興味本位か遊び半分なのが目に見えている」
「きついな、お前…」
「おまえが甘すぎるんだ。あんな連中に良い様に丸め込まれてどうする。」
「そうは言うが手強いぞ。あの生徒会長は」

おそらく…いや、きっと、絶対に一筋縄ではいかない少女なことだけはたしかで。
翠星石のことが絡むと、それはもう凄まじいくらいの気迫で迫ってくる。
簡単に負けを認めるような人でもないようだし、もしかしたらこっちが分が悪い…なんてことになるかもしれない。

しかし蓮矢はいつも通りの無表情のまま、頷いた。


「望むところだ」









同時刻の夜。寮へと戻った蒼星石の元に、一本の電話。

「──君か。何の用? 翠星石には代わらないよ」

ため息混じりに返して。向こうからも怒り声が響く。
その相手───水銀燈は、怒りを抑えつつも本題に入った。

『…ちょっとした非常事態発生なのよ。貴方も協力しなさい』
「非常事態?」
『私も信じられないんだけど…というより信じないわね』
「だから何。」

早く言えば?
思ったことはとりあえず表には出さず心の中のみで。
遠回しな言い方に、蒼星石の眉根が無意識に寄る。

『翠星石に元彼疑惑が浮上してるのよぉ…』
「!」

部員たちが話していたことだ。冗談だと思っていた。
水銀燈が勝負している、とは聞いたものの、どうせ何かの作り話くらいにしか思っていなかったのに。

「まさか……あの話は本当に…」

ちがう。そんなはずはない。そんなこと…絶対にあるはずがないのだ。
そんな話は知らない。少なくとも、翠星石からは何も聞いていない。

『? ちょっとぉ。何なのよ?』
「…あ、いや。……。水銀燈」


一呼吸置いて、静かに口を開いた。


「その話…僕も協力する」









いつも通りの朝。…のはずなのに、今日は何かがちがう。
双子の妹の様子がちがうことに、翠星石は首を傾げた。

「蒼星石…どうしたんですか? 朝から機嫌悪いですよ…?」
「そうかな」

短く答え話を切る。翠星石はますます眉根を寄せて、首を傾げた。

「そんなむすっとして…何かあったんですか?」
「これからあるんだ。きっともっと腹の立つこと」

言い放ち支度を整える。
そのまま出て行こうとする蒼星石に、翠星石が待ったをかけた。

「ど、どこ行くんですか? 今日はお休みの日で…」
「ちょっと急用。夕方頃には帰るよ」

いってきます。
言い残し、蒼星石は出かけていった。
いつもとちがう妹。鈍感な翠星石も何かを感じ取ったようで。
嫌な予感? ちがう。何かもっと…胸がざわつくような、そんな感覚。


蒼星石は、姉(わたし)に怒っている…?


もやもやとした胸を押さえながらも追いかけようとした直後、


──バンッ!!──


「ひゃあ!!?」

閉じていた目を前の扉が開いた。次いで、ゴチッと何かをドアにぶつける音。

「〜〜〜〜っ!」

『向こう側』から開かれたドアに追いつかず額をぶつけてしまった。正直かなり痛い。
額を押さえ悶絶する翠星石に、やってきた訪問者が声をかけた。


「あ…翠星石。おはよう。……どうしたの?」
「〜〜……ばら…すいしょぉ〜…」

どうしたのじゃないです! と言いかけたが、痛いので取りやめ。
若干涙目になりながらも睨んでくる翠星石に、薔薇水晶は首を傾げた。

「…? 水銀燈…見てない?」
「…たた…。今日は会ってないですよ」
「そう……。どこ行っちゃったのかな…」
「? 水銀燈がどうかしたのですか?」
「昨日から様子がおかしいの…。ずっと難しい顔してて…
理由は教えてくれなかったけど…机の上にこれがあったから…」
「これ…って…、!」

それは紛れもなく桃矢たちのデータ資料。それを水銀燈が調べて…?
いったいどうして? 何のために?


「…? 翠星石…蒼星石は…?」
「…え? あ…さっき「出かける」って言って──、」

(!)


まさか。


「蒼星石…もしかして…」
「翠星石…?」
「…っ薔薇水晶! 蒼星石が…! 蒼星石に…っ」

気付かれたのかもしれない。そしてそれは水銀燈にも。
もしそうなら…そうだとしたら…怒っていた理由も頷ける。

「──、どう、したら……」
「落ち着いて…。まだ…そうだって決まったわけじゃない…」
「で、でも…」
「大丈夫…だから落ち着いて…。気付かれたとしても…あのふたりは友達なんでしょう…?」

友達。そう、友達だ。気付かれたとしても初対面ではないことがバレるだけ。
なにをここまで…心配になることがあるのだろう。

あのふたりは友達だ。…いや、少なくともふたりのうちのひとりは───きっとそう。

だけど……


「…だめ…なんです。あのふたりは……桃矢と蓮矢は……」
「…翠星石…?」

落ち着かせるようにと支える薔薇水晶。
翠星石はゆっくりと首を横に振り…そしてゆっくりと、重い口を開いた。









「水銀燈、もう来てたのか? 早いな」
「そっちこそ早いじゃない。…翠星石は?」
「どうかな…。さすがに何か気付いたみたいだけど」
「そう…。でも本当なのかしらねぇ。翠星石に元彼だなんて…貴方何か知ってる?」
「いや、知らない。あのふたりに見覚えなんかないし…翠星石からも何も聞いてない。嘘に決まってるよ」

作戦を練るべく今回限り協力したふたりは、学園へと向かっていた。
桃矢たちのことを知らないと話す蒼星石に、水銀燈も顔を顰める。
姉である翠星石のことで蒼星石が知らないことなど…あるとも思えないのだが。

「ま、私も信じてなんかないんだけどぉ? 翠星石の様子がおかしいと思ったからちょっと探りをねぇ」
「…へぇ。よく気付くな。ちょっと驚いたよ。それで、何かわかったの?」
「期待はできないわねぇ…」
「役立たずだな…。お兄さんのほうと勝負したんだろ? 何か聞いてないの?」
「そうねぇ…あれは明らかに何か隠してるような顔してたわ。知り合いなのは間違いないはずよ」
「…そう」

初対面だと言っていたのではなかったか。やはりあれは嘘だったというのか…。



どことなく気落ちしつつも歩き続けて数分。学園へと到着した。
連絡したあの双子の兄弟二人も、もう着いている頃だと思うのだが…。







そして水銀燈たちが学園に着いたと同時刻、同じく先に着いていた双子の少年たちが、少女ふたりを待っていた。


「そろそろ時間になるか…蓮矢」
「何だ」
「いつになく不機嫌だな…。気持ちはわかるが少しは抑えろ。失敗を招くぞ」
「先にしくじったおまえに言われる筋合いはないな。勝つ気がないなら引っ込んでろ」

吐き捨てる弟に桃矢は肩をすくめる。やれやれ。どうしてこいつはこうなんだか…。
不機嫌最高潮の弟を諭すように、ゆっくりと息をつく。少女二人が来るであろう道を辿りながら。

「たしかにあれはオレの油断だ。言い訳するつもりはない」
「……」
「だが昨日も言っただろう? 彼女は真剣だった。あの娘のことを本当に心配していると感じ取ったよ」
「…だったら何だ。連中に話すつもりなのか?」

兄の物言いに、それまで聞いていた蓮矢が目の色を変える。
気付いた桃矢が首を緩く左右へと振る。それからゆっくりと、肩を落とした。

「それも一つの可能性としては…な。だがそれもあの娘に負担がかかりすぎる…」
「本来は良しとすべきではないぞ」
「ああ。こっちが口を割らなければ問題はないはずなんだ。ただ…」
「…何だ?」
「そのほうがいいのかもしれない…とも思う。オレはな」

再びゆっくりと息をつきながら、桃矢は空を見上げる。
記憶を手繰り寄せ始めた先、彼女が…翠星石の顔が、目の前をちらつく。

そう。彼女達に知ってもらっていたほうが、後々あの娘にとって楽になるだろう。救いになるだろう。
以前のように、もう怯える必要などなくなる。『あの時』のように────



「兄貴」


蓮矢の声でハッと現実に戻される。視線を向けた先の弟は、やはり怒りを宿した瞳でこちらを睨んでいた。

「おまえの決めたことに口出しするつもりはないが…判断を見誤るな」
「それもわかってるつもりだ。あの娘を傷つけたくはないからな」
「……」
「話したほうがいいかどうかは…彼女達の反応を見てから決めるさ」
「……。俺は昔話に付き合う気はない」
「…だろうな」


苦笑混じりに返した、ちょうどその時。
視界に映る二つの影。少女が、二人。


「約束どおり来たようねぇ。意外と良い根性してるじゃない」

水銀燈たちは桃矢たちの姿を確認し近付いていく。

「会長…」
「まぁ、ほんとに関係してるんだったら来るわよねぇ?」
「御託はいい。始めるなら早くしろ」
「なっ、なんですって!?」

うんざりしたように吐き捨てる蓮矢に激昂する水銀燈。すかさず諭す桃矢。
落ち着かせたところで、水銀燈と共にいる蒼星石が冷静に口を開いた。

「…確認しておきたい。『僕は』君たちと会ったことはないよね?」

一瞬目を見開いたあと、桃矢が答える。

「ああ、君とは初対面だ」

『君とは』という言葉に引っかかる。
とするならばやはり『翠星石とは』会ったことがあるということか。

「じゃあやっぱり貴方達翠星石と知り合いだってことなんじゃないの?」
「それに答えるのは勝負が済んでからだろう。それとも怖気付いたのか?」

蓮矢の、挑発。しかし至ってそれは平然と。表情も変えずに。
だがそれでも、ふたりの闘志に火をつける発言には、充分だった。


「……いいわ。やってやろうじゃない。あとで負けても知らないわよ…!」
「……」


最早問答は埒もあかず。燃え上がる闘争心のみ。
冷静に事を判断している人物は、蓮矢と……若干頭を抱えながらも見守る兄・桃矢の二人だけだった。


水銀燈と蒼星石が話し合いで決めた結果、勝負方法は『陸上競技』となった。
相手はもちろん蓮矢、と───今現在陸上部に所属の蒼星石の二人。

競技内容は全部で七つ。
50メートルのダッシュ。
100メートル走。
走り高跳び。
走り幅跳び。
砲丸投げ。
ハードル。
そして、マラソン。


七つの競技のうち四つ勝ち取れば勝敗が決まる。
男女の力の差も考慮し、ハンデをつけようということになったが、蒼星石はそれを却下。
全力で勝負すると、そして必ず勝つことを、宣言した。


最初の一種目、50メートル走。
運動着に着替えた二人がスタートラインに着く。


休日のグラウンドに、スタートの合図をかける桃矢の声が響いた。









休日の学園に入ることは禁止事項とされている。
入るためには責任者の許可をもらわなくてはならない。もしくは生徒会長自らの承諾。
部活動以外の生徒達の出入りを固く禁じ、風紀を乱さないようにしている…のだが。
時には…本当にごくまれに、例外もあったりする。


今がまさにその状況に相応しいといえる。

「……くそ…」
「だいぶ疲れてるわね、蒼星石…」

使用者に許可を得る…といっても、彼女の場合は違う。自分自らが『生徒会長』なのだから。
その権限をありとあらゆる場面で使い分け、他の者を黙らせてしまうのだった。

「…まだ…大丈夫だ…」

言いつつも、消耗が激しい。あれから数時間が経過し、結果は五分五分。
意外にも引き分けが続いていく中、蒼星石は自分の限界に気づいていた。

いつも部活で鍛えている体力づくりが、今功を奏している。
基本をはじめとする基礎をやっておいたこと、今更ながらに身に染みていた。
基礎がしっかりとしていなければ、始めてからのこの勝負…引き分けには程遠かっただろう。


しかし。それでもやはり男女の差は厳しい。力の差を、ありありと実感する。
一つ一つの競技に力が抜けなくて、常に全力投球。とてもじゃないが立て続けには身体がもたない。


「………」

ふと、彼に視線をやる。やはり男の子だからなのか、あまり疲れは伺えない。
余裕のあるように体を動かす様子を見ても、まだ続けられるのだろう。
残る競技は、あとひとつ。マラソンのみ。


「……っ」


蒼星石は顔を顰める。ぐっ…と、握る拳に力を込めた。
もう、リーチがかかっている。これに勝てば、自分たちの勝ちなのだ。
真相を確かめるためにも、今ここで…倒れるわけにはいかない。

しかし、体力が限界なのも事実。今はどうにか保っているが、こんな身体では、通常マラソンなどできまい。
呼吸を整える時間も、ごく僅か…。マラソンの開始時刻まで、もうそんなに余裕はない。


(…やってやるさ)


もうこうなったらとことん限界まで。ギリギリまで突っ切るのみだ。
そう。これは自分のためではない。姉の…翠星石のためなのだから。
そう心で思うだけでも、身体に力が沸いてくるような気がした。

やってやる。とことん、最後まで。




そしてその一方、今まで無関心だった蓮矢が、ふと思ったように兄に声をかけた。

「……おまえの言っていたことは嘘ではなかったようだ」
「ん?」
「連中があいつを心配していると言ったおまえの言葉…偽りではなかったらしい」
「…ようやく信じたか。それで、どうする気だ?」
「……」

沈黙は、数分。蓮矢は兄に言葉も返さず、黙ったまま蒼星石のほうへと歩いていく。
近付いてきた気配で顔を向けた蒼星石と、一瞬、目が合った。変わらずの無表情のまま、見据える。

「随分と息が上がっているようだな。もうやめるか?」
「! …冗談。僕はまだ走れるよ」
「そうは見えんな。今走れば倒れるぞ。正気か?」
「まだ大丈夫だって言って──、」

直後、体がぐらつく。足がもつれて、バランスを崩しそうになる。
どうにか持ちこたえたものの、上がった呼気は整わぬまま。
そんな様子に蓮矢は呆れたように息を吐いた。

「悪いことは言わん。もうやめておけ」
「…! 何を…言ってるんだ…逃げるのか…!」
「今にも倒れそうな奴を走らせるほど、俺は鬼畜じゃないつもりだ。
それに今ここでおまえが倒れればそれこそ本末転倒…『その女』に心配をかけることになるぞ」

正論、だった。言葉を返すほどもないくらいの。しかし当然それだけでは納得できないものもある。
蒼星石は込み上げてくる怒りもそのまま、訊き返す。

「…都合のいい話だな。それを僕が聞くとでも思ってるのか…?」
「ちょ、ちょっと蒼星石ぃ!?」
「君たちと翠星石との関係をはっきりさせるまでは…あきらめるつもりはないよ」
「………」

蒼星石の瞳には迷いがなかった。一点の曇りでさえも。
…この様子ではどの道逃れられまい。いや、どこまでも付き纏ってくるだろう。


「……もう、いいんじゃないか?」

背後からの声は、桃矢。

「……兄貴」
「彼女達の気持ちは変わりそうもないし。しつこく付きまとわれても困るだろう」
「……」

呆れたように肩をすくめる桃矢だが、その表情はどこか綻んでいて。
対する蓮矢は逆で、無表情な顔がいつも以上にムッツリとしていて(ハタから見たら普通の顔)。
蒼星石と水銀燈は顔を見合わせ『?』を飛ばしながら、そんな二人を見ていた。

そして改めて少女ふたりに向き直った桃矢が、軽く両手を挙げた。


「───この勝負、辞退します。僕らの負けでいいですよ」

「「えっ…!?」」


あまりにも予想外の返答に少女たちは声を上げる。
いったい何故? どうして? 
訊きたいことが出かかっているのに、それが口に出せない。

「あ、貴方達は…それでいいわけ?」
「ええ。もともとこちらが不利な勝負でもありましたから」
「な……」

開いた口が塞がらない。何と言っていいのか。何だかあまりにも…呆気なさすぎて。
というか、この兄弟のこの潔さと言うべきか、それには目を瞠るものがある。

「…じゃあ…話は…聞かせてくれるのかい?」
「…負けたら話す。そういう条件だったはずだよ」
「…!」

ふたりは再び顔を見合わせる。やった! 情報が手に入る!
思ったことが表情に出る、その寸前。


「…ちょっと来い」


蓮矢が、兄の腕を引いていく。桃矢は予想していたように肩をすくめ、連れられて。
少女ふたりに「ちょっと失礼」と言い残し、一時その場を離れた。



「本気で言っているのか?」
「どうした。オレの決めたことには口出しはしないんじゃなかったか?」

言い放つ桃矢。蓮矢はそんな兄を睨んだままで。
桃矢はそんな弟の心中を察してか、続ける。

「たしかにオレも話すつもりはなかった。だがお前も見ただろう? 彼女達の本気を…。
あの娘に一番近い場所に居る彼女達には…知っておいてもらったほうがいい。オレはそう判断する」
「……」
「…納得できていない…そう顔に出てるな」
「……。俺は昔話に付き合う気はないと言ったはずだ」
「ああ、知ってるさ。あの娘のことで話されて困るのはオレじゃないからな」

(!)


何かが一瞬掠めた気がした。明確化しない、何かが。
込み上げてくる怒りが胸の中を渦巻く。ぎり…っと握り締めた拳に、力がこもる。


「───勝手にしろ」


吐き捨てて、踵を返す。
蒼星石たちが不審気な視線を向けてくるのも気に留めず、
着替えた制服を乱暴に掴み取り、そのまま振り返りもせずに帰っていった。


残された桃矢はもう一度深くため息をついて。視線を蒼星石たちに移した。彼女たちは怪訝そうにこちらを見ている。…まぁ無理もないが。
桃矢は一度だけ蓮矢の帰った道へと目を向けてから再度小さく肩をすくめて。
呆れたように、だが確信を持って、もう一度。


「…気づいてるはずだ。あの娘が本当に会いたがっているのが、『誰』なのか」


呟いて、ゆっくりと少女たちのほうへと歩いていった。





第6話 おわり



第7話へ続く。



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【次回予告】
知りたかった。でも、知りたくなかったこと。
桃矢から聞かされる、姉と彼らの関係。その事実はただただ少女を困惑させ、疑惑へと導く。
そしてその一方、姉は再び出会う。自分を不安定にさせる原因たる、もうひとりの少年に。