ざわざわとにぎわう、休日の日曜日。
街にある時計台の前で、彼女──水銀燈は、待ち合わせている少女を待っていた。
普段は冷静な彼女だが、待ち人の訪れに少々焦っているようで。そわそわと周りを見回したり、落ち着きがない。
だって、今日は───


「あ、水銀燈ー!」


ぴくんと肩を震わせ、水銀燈は呼ぶ声の方へと目を向ける。
小走りに走ってくるその少女は、紛れもなく自分が待っていた少女で。
その少女──翠星石は、すぐ傍まで走ってきて、ゆっくりと息を吐いた。

「遅くなってごめんです。ちょっと出かけに手間取ってしまって…。待ったですか…?」
「…えっ?あ、べ、別にそんなことないわぁ。私も今さっき来たところなんだから」

申し訳なさそうに肩を落とす翠星石に、喜びのあまり一瞬フリーズしていた水銀燈はハッとする。
そして内心あわあわとしながらも、嘘を見抜かれないよう振舞う。
本当の待ち合わせは10時だったのに、本当は2時間も前からここにこうしているということ。
楽しみで楽しみで仕方がなかった…というならば、それまでなのだが。

だって今日は───好きな子とのはじめてのデートなのだから。




  笑顔とペンダント




事の始まりは、先日の休み時間。
明日は日曜日。たまの休みの日くらい翠星石と遊びに行きたいな…と思っていた、のはよかったものの。
彼女の傍には常に蒼星石が付いていて、誘うことはおろか、近付くことさえままならない。
しかしそう簡単に諦めはつかないので、運良く蒼星石のいない合間を狙って、ダメもとで翠星石を遊びに誘ってみたのだ。
そうしたら……

『ねぇ翠星石…明日の日曜どこか遊びに行かなぁい?』
『あ、いいですね!行きたいですぅ♪』

実に嬉しそうな返事が返ってきたのだ。いや、実際に嬉しかったのはこっちなのだが。
兎にも角にも、そうして運良く翠星石を遊びに誘えたというわけだ。

「じゃ、じゃあ行きましょうか」
「はいです♪」

翠星石の満面の笑みに打ち貫かれそうになりながらも、水銀燈は何とか平静を保つ。
こんな笑顔を毎日のように独り占めしているのかと思うと、やはりというか、蒼星石に無性に腹が立った。
心の中でめいっぱい蒼星石を熨(の)してから、気を取り直し、翠星石の手を取って歩き出した。


まずは王道の映画。──今はホラーしかやってない…
ん? ホラー?


『ひぃやあぁああぁあ!!』
『翠星石ぃ…怖いのぉ?』
『うっ…うぅ〜…水銀燈ぉ〜…』
『もぉ、しょうがないわねぇ…♪』


恐怖のあまり抱きついてくる少女をやさしく宥め、顔を両手で挟みこんで、そのまま───

(…これだわ…!)

脳内でめくるめく妄想を駆り立てて、ひとりよっしゃ!と拳を握る。
怖がりな翠星石にはちょっと可哀相だけど、このチャンスを逃す手はない。

「それじゃあまずは…映画でも観ましょうか」
「映画…今ホラーしかやってないみたいです、よ…?」

案の定、翠星石はあまり気が進まないようで。しゅんとしたように顔を緩く伏せた。
普通ならばここで引き返すのだろうが、いや、そうしてあげたいのはやまやまなのだが。

「大丈夫よぉ。怖かったら私にくっついてていいからぁ」
「ほんとですか…?」
「ええ。もうずぅっとでも全然問題ないわぁ」

その言葉で安心したように、翠星石は頷いた。
水銀燈は心の中で再びよしっ!とガッツポーズをかましてから、翠星石の手を引いていく。
そしていざ、会場内へ。

席について数分。映画の上映が、始まった。









上映時間占めて120分のホラー映画は、無事上映完了に終わった。
映画館を出て近くの喫茶店でお茶をしていたのだが、ものの見事に顔色を蒼白にした少女が、ひとり。

「大丈夫ですか…?水銀燈…」

心配そうにかけられた言葉に手を弱くひらひら返して、水銀燈はうなだれていた。
ホラーは平気なのに…いや、平気な分野だったはずなのに、嫌に気味が悪くて仕方がなかったのだ。
何?死に憑かれた少女の下に舞い降りた天使?バッカバカしい。頭イカレてるわ、絶対。
翠星石もだいぶ怖がってはいたのだが、それ以上に自分が騒ぎ立てていたから。
ああ…気持ち悪い…

「…こんなことでくじける私じゃないわぁ…」

作戦は、あえなく失敗。というか、逆にこっちの羞恥を晒してしまうことになるとは…。

とりあえず何とか気分を持ち直し喫茶店から出て、とくに行き先もなくふらふらとふたりで歩き回る。
ふたりで話しながら街中をのんびりと歩いて、その、最中。

「──あ、水銀燈。ちょっとここで待っててほしいですよ」
「え?あ、翠星石?」

すぐ戻るですー!と言い残し、翠星石はどこかへ走っていった。
ひとりぽつんと残された水銀燈は仕方なく、緩く視線を巡らせた。
近くに公園らしき広場を見つけ、足を運ぶ。すぐ傍の遊具に腰を下ろし、息をつく。

まったく…今日は何て厄日なのか。初デートだったと言うのに。
楽しませてあげようといろいろと計画を練っていたのに、最初の映画で台無し。
それ以降気分を害され、気持ち的に鬱の気分を引きずっていたのだ。

(翠星石に気を遣われっぱなしだなんて…惨めだわぁ)

映画の後、翠星石はずっと水銀燈を気遣っていた。
大丈夫だと返してはいたが、翠星石はずっと心配したままで。
自分だって怖かったはずなのに、相手のことばっかり気にかけて…。

「情けないわねぇほんと…」
「何が情けないのですか?」
「!?」

背後からかけられた声に思わずビクッと。とっさに振り返った先、戻ってきた翠星石の姿。
首を小さく傾げる様に、水銀燈はばくばくと脈打つ胸を押さえた。

「す、翠星石…どこに行ってたのぉ?」

翠星石は首を元に戻し、水銀燈の隣に腰掛ける。
手に持っていたものを、差し出す。

「これを買いに行ってたのですよ」

そう言って水銀燈の掌の上に乗せた物、それは小さなペンダントだった。
派手すぎず、そんなジャラジャラした飾り気もなく、本当にシンプルな、小さな宝石のついたペンダント。
淡縁と淡銀の色をした宝石が、目に留まった。

「これ…私に?」
「はいです。今日のお礼にと思ったんですけど…」
「お礼って…、翠星石…今日楽しかった…?」

遠慮がちに訊いてみる。なんだかんだでいろいろと手を焼かせていただけだったのでは…と思うのだが。
翠星石は気にした様子はなく、微笑んだ。

「すごく楽しかったですよっ。またいっしょに遊びたいです♪」
「翠星石…」
「あ、せっかくですからこれ、翠星石が着けてあげるですよっ。どっちがいいですか?」

差し出されたのは色が違うだけの同じペンダント。
銀か縁か…。水銀燈は少しの間考えた後、淡縁のほうを指差した。

「じゃあ、こっちですね♪」

言って、淡縁色のペンダントを手に取り、両手を水銀燈の首の後ろへと回す。
後ろ側からではなく前のほうからだったため、顔がこれ以上ないくらいに近くて。
水銀燈は心の中で「顔が近いわねぇ…」と思いつつ、平静と理性を保つよう、格闘していた。

「わぁ…似合うですよ、水銀燈!」
「そぉ?じゃあ、お返しよ。翠星石にも着けてあげるわぁ」

淡銀色のペンダントを手に取り、翠星石の首に手を回す。
着けるふりをしてこのままキスのひとつでも…とも思ったが、今一歩踏みとどまって。
ペンダントを着け終えて、軽く離れた。

「ふふ…おそろいねぇ」
「はいっ。おそろいです♪」


屈託のない笑顔を零せば、同じように無垢な笑顔が返ってきて。


おそろいのペンダントを身につけた少女が、ふたり。
結局ふたりが帰路に着いたのは、もうとっぷりと陽が暮れ過ぎた、後だった。




 Fin



銀×翠の初デート記念小説(?)。拍手にいただいていた「銀翠の甘いの」を目指したつもり、です(汗)
結果は微妙でした(苦笑)