不意に、背後から腕を掴まれ、翠星石は引き寄せられるような動作で止まる。
振り返った先、こちらに視線を向けながらもどこか遠くを見つめているような妹の異瞳に出会った。
「蒼星石?」
名を呼ばれたことでようやく我に返ったように、蒼星石は掴んでいた姉の腕を放した。
ごめん、とひと言謝罪の言葉を述べて何でもないように振舞うが、翠星石はじっと見つめてくる。
突然謝られた意味を問いただすように、もう一度蒼星石の名を呼んだ。
自分の行動をどう説明していいか解らないというように、蒼星石はただ考え込むだけ。
だが一向に姉の視線が逸れないので、散々考え込んだ後、やがてゆっくりと口を開いた。
「…いなくなるかと思った」
何故そう思ったのか、自分自身理解できていなかった。
いつもと変わらない午後。いつものように二人寄り添うように屋敷の庭園を散歩していた最中。
ふと、翠星石が自分の傍を離れた。手入れをしている花に気付いて…繋いでいた手が解けた。ただ、それだけのこと。
前を歩く姿が、遠ざかる背中が、そのまま消えていってしまいそうに思えて。
そんな、ありもしない錯覚を覚え、無意識のうちに手を伸ばし…姉の腕を掴んでいた。
「翠星石はここにいるですよ」
翠星石は素直な言葉で返す。
うん、と頷きながらも、蒼星石の心情は未だ複雑なままで。だけども心配をかけないようにと、微笑みを返す。
当然のごとくそんな作ったような嘘の笑顔は彼女には、もとい双子の姉には通用しない。
「…蒼星石。私に何かできるですか?」
純粋無垢な心と同様、その言葉はまっすぐで、蒼星石の胸に強く深く響いた。
逸らされることなくこちらに向けられる異瞳も、どこまでもまっすぐで。蒼星石も同じように、まっすぐに見つめ返した。
何故、いなくなると思ったのだろう。手を伸ばせば触れられるのに。
何故、翠星石を遠くに感じるのだろう。こんなにも近くにいるのに。
今目の前にいる少女は、決して幻などではなく、確かにそこに居るもの。
手を伸ばせば温もりを掴める。瞳が出会えば紡がれる名がある。
「ここにいて」
切に願う、想いが溢れた。
「だから、ここにいるですよ?」
小首を傾げ、微笑んで。言葉通り、素直にその場に立ち尽くす少女。
間違ってはいないが、それでも若干間違いである姉の行動に、蒼星石は思わず吹き出して。
翠星石らしい…と思いながら、ただ、やわらかに微笑う。
ゆっくりと一歩を踏み出して…姉に歩み寄った。
「そうだけど、そうじゃなくて……ここに、だよ」
招くようにゆっくりと広げた両腕に、目の前の少女の体を優しく包み込む。
触れる温もりにとびきりの笑顔を零し、翠星石も蒼星石の背中に腕を回し、その身を委ねた。
身を預けてくる少女に、蒼星石は抱き締める腕に力を込めて、もう一度言葉を紡いだ。
「ここにいて」
"此処にいて"、それは祈りにも似た言葉。
"此処にいる"、それは誓いを交わす約束。
放したくないから。もう二度と、失いたくないから。
Fin
恋する10のお題より 02. 伸ばした手
(蒼星石×翠星石)
手を伸ばせば、確かな温もりが、其処にある